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第一章 3 本能と欲望の日々
3 本能と欲望の日々
震える指で検索して、アパートの近くにコインランドリーを見つけた。洗濯物をゴミ袋に突っ込んでそこに駆け込んだのは殆ど避難に近かった。
あの部屋には何かいる。お香のような妙な香りが残っている。
礼司は洗濯機の中で布類が泡にまみれて翻弄されるのを見つめてはそう思わずにはいられなかった。
あの天然パーマの美青年はこの世のものではない。人間ではない。
いや、しかし自分はあのカールした髪の中に指を突っ込んで、くしゃくしゃに揉みしだいたはずである。
あの頭が礼司の胸に寄せられて、唇が快感のスイッチを責め苛むたびに嬌声を上げては恍惚に酔い痴れたのではないか?
夢だ。あれは単なる欲求不満の果ての艶夢である。
自分にそう言い聞かせようとする度に指先にあの艶やかな髪の感触が蘇りそうになる。
あわててスマホをタップした。
丸椅子に座って背中を丸めて必死でスマートフォンを操作する。LINEを見れば彼女から、あれやこれやとメッセージが届いているが全て既読スルーする。
とにかく早急に買うべきは洗濯機である。そして冷蔵庫。本来慎重な礼司がろくに検討もしないでネットで電化製品を購入して行く。
大学の長い春休み中に家具や家電を見て歩き、新しい部屋を整えるつもりだったのに。今はそれどころではない。
ベッドマットレスも買って床に直接置こう。そして布団も新たに買おう。もともと寮のベッドで使っていた薄手の布団なのである。今や淫液ですっかり湿っている。買い替えなければ。
手元はスマホを操りながら頭では昨夜の艶夢を思い返している。まるで口の中の飴玉を舐っては甘味を堪能しているようである。そのうちにやたらにデニムがきついと気づけば前立ての中で完全に勃起している。
愕然としている目の前でガラスの自動扉が開いた。若い女性がランドリーバッグを下げて入って来る。
礼司はあわててダウンコートの前を下に引っ張り股間を隠すと、女性とすれ違いざまに外に飛び出した。こんな姿を見られたら痴漢呼ばわりされかねない。
前屈みになって小走りにアパートに向かう。今度ばかりは迷子になどなっていられない。洗濯と乾燥が終わるまでにこのみっともない状況を何とかしなければ。
足元が窪んでいるドアを開けて玄関に飛び込むなり、礼司はデニムの前を開けると猛っているものを取り出した。
トイレに駆け込む余裕もない程に切羽詰まっていた。小さな靴箱に寄りかかるようにして必死で逸物を扱いているうちに、またお香のような臭いに気がついた。
息を荒げてものを擦っているのは自分の右手のはずなのに、誰かの手指が悩ましくも先端を愛撫している。
いつの間にか、ひたと背中に張り付いた者がまた耳元で、
「一人でやることないよ。礼司くん……一緒にやろうよ」
何やら臀部に硬いものを押し付けては、背後から回した手で礼司のものを愛撫する。
いつの間に自分の名前を知ったのだろうと疑問に思う余裕もなく、
「あン、やン……あっ、いいっ、あはン……」
と甲高い声を上げているのは、あろうことか自分である。
オナニーでは声を上げたことなどなかったのに。
はっきりと昨夜の痴態を思い出し、それが興奮をいや増している。
背後の手は強引に礼司のダウンコートを剥いで、デニムや下着もずり下ろす。中途半端な半ケツで喘いでいると思えばいよいよ昂り「あああっ!」と震えるや相手の手の中に放ってしまう。
その場に腰を落としそうになるのを、
「ちょっと待って。脚を閉じてて……」
と両手で腰を支えられる。相手のものが礼司の太腿の間を行き来している。確か〝スマタ〟という行為である。
アダルトな動画で見たことがある。彼女との初めての性行為を学ぶためにエロ動画を見たのだ。〝スマタ〟は女性を妊娠させないためには有効な手段である。
そんな風に男女のセックスを見ていたはずが、つい男の身体を凝視していたのは何故なのか。
「だから……君がゲイだからだよ……」
礼司の心が読み取れるかのように男はすかさず応じるのだった。
「はあ、んっ……いい……君、礼司……とても色っぽい……き、きっと彼も気に入る……」
礼司の吐いた精液を潤滑剤に使っているのか、相手の先走りのせいなのか、肌を打ち付ける音の合間にぬちゃぬちゃといやらしい音が狭い玄関に響いている。
それだけで礼司のものはまたむくむくと頭を擡げている。
「ねえねえねえ……」
吐息と共に耳元で囁かれる。
「ネクタイ……外して。これ……抜いて……」
腰を使いながらサラリーマンルックの男はネクタイの結び目を緩めている。
そう言えば昨夜も礼司はワイシャツのカラーからネクタイを引き抜いたような気がする。
上半身を捻じって、まだ自分で結んだこともないネクタイを緩めるや、シュッと音をたてて引き抜いた。
「うっ……んんっ!」
殆ど同時に礼司の太腿の間で男も達した。白濁は脚の間から飛び散って床を濡らしている。
せっかくシーツ類を洗っているのに、今度は床を汚している……などと現実的なことを思う間もなく、
「ねえねえねえ。今日は僕が洗ってあげる」
と、もつれるようにして風呂場に誘われる。男は「ねえ」を何度も繰り返すのが口癖らしい。
そうして風呂場で洗われたのは身体の外ばかりでなく、
「何それ⁉ そんなの……そんなとこ、やめてくれ!」
悲鳴に近い声をあげたくなる内部まで徹底的に洗われる。
「ゲイなんだからちゃんと覚えておかなきゃ。こうして洗うこととコンドームを着けること。相手に対する最低限の礼儀だからね」
徹底的に洗われた場所にやがてコンドームを装着した男の屹立が挿入されるのだった。
シーツも布団カバーもない剥き出しの布団の上で、またも二人の男は手足を絡ませて汗や唾液や粘液で濡れそぼった肌を滑らせながら、何度も絶頂に達するのだった。
「も……や、やめ……やだ、もう。いっ……イク、出る、あああっ⁉」
再び音をたてて潮を吹くまで礼司は身体中を責め苛まれた。
翌日には礼司が男の後孔に逸物を突き立てた。
器用なことに口でコンドームを装着されたのだ。少しずつ指で穴を解してそれを挿入する術も学んだ。
思わず彼女の孔に指先を入れた感触を思い出す。まるで底なし沼に嵌まり込むような不気味な感触で礼司は興奮するどころか逆に萎えたのだ。
女の柔らかい乳房もぐにゃぐにゃで薄気味悪いばかりだった。
「でしょう? だから礼司くんは正真正銘の同性愛者なの。自分を騙したら可哀想だよ」
天然パーマを振り乱して男は身体にベニスを受け入れながら礼司の心まで読み取っているのだった。
平らな胸に手を這わせ背中に張り付いて腰を振りながら、内心礼司は首を横に振っていた。
別に自分は同性愛者なのではない。単に欲求不満が高じて、たまたま誘惑された男を犯しているに過ぎない。
もし今ここに彼女がいれば今度こそ男女のセックスを完遂できるに違いない。
「集中してよ、礼司。感じてる? いい? 黙ってないで、ちゃんと言ってよ……」
振り向いた美青年は目の縁まで真っ赤に染めて喘いでいる。ぞっとするほど色っぽい。
礼司もまた切なく喘ぎながら抜き差して、
「いい、締め付けが……う、あ、も……無理……イ、イク出るッ!」
ついに男の中で果てるのだった。
何日たったかわからない。
いつ夜になり朝になったかもわからない。
ただひたすらに巻き毛の美青年と身体を交して、シーツすらない布団をぐずぐずに濡らして淫欲の泥沼にはまっているのだった。
もうどんな行為も体位も恥ずかしくない。自分の身体のどこが性感帯でどんな行為に興奮するのか逐一理解するまでに全身を犯されていた。
セックスとはこんなにも自由で開放的なものなのか。感動しながら男の身体を貪るのだった。
淫夢が幾晩続いたのか知る由もない。
ただ遮光カーテンの隙間に覗く月はあんなに細かったはずなのに、すっかり丸みを帯びている。
もはや一日がどのように進んでいるのかも判然としない。夜となく昼となく抱き合っては眠り、目が覚めればまた交わるという日々だった。
「待って……腹減った……動けない……」
風呂場で身体を洗うついでに水を飲むのが唯一の飲食だった。さすがに礼司がそう訴えると、男はふいに室内を見回して、
「何もないじゃない。冷蔵庫も食器棚も……」
見たままを言うだけだった。
だから引っ越したばかりで何一つ揃えていないのだ。壁際に積んだ衣装ケースや段ボール箱もまだ開梱していない。
はっきり言って引っ越し荷物で開いたのは布団袋だけなのだ。まるでセックスをするために引っ越したかのようである(ある意味そうではあるのだが)。
考えても見れば胃袋に何か入れたのは、彼女とお茶をしたのが最後である。それで何日も不眠不休で激しい運動を続けているのだから、動けなくなるのも当然である。
ウーバーイーツでコンビニおにぎりに浅漬けやゆで卵、ペットボトルのお茶などを取り寄せて貪り食う。
「食べないの?」
礼司は気を使って二人分購入したのだが、床に広げた何個ものおにぎりやゆで卵を男は変に意気消沈した様子で眺めている。まぐわっている時は頬が薄紅色に染まりそれは見事な美しさなのに、今や妙に打ち沈んだ肌色である。
礼司はゆで卵の殻を割りながら、無理にも明るい声で尋ねるのだった。
「ねえ。名前は何ていうの?」
「……中園龍平 」
アイラインで描いたかのような黒い睫毛に縁取られた瞳も、興奮すれば白目が青白く濡れ黒目はまるで黒曜石のように鈍く光るのだが、今や目を伏せて礼司を見ていない。
「中園龍平さんていうんだ? 何の仕事をしてるの?」
「どうでもいいでしょう」
「じゃあ、年は? 僕は二十 だけど中園さんは何才なの?」
「今は二十七才……かな」
「へえ。七才も年上なんだ」
食事というこの上もなく現実的な行為に耽っていると、夢か現かわからない性行為の時には思いつきもしない日常会話を繰り広げているのだった。
ふと気がつくと、あたりに中園龍平の姿はなかった。
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