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第二章 4 借景の内側

4 借景の内側  月光荘と日光荘の大家、常見(つねみ)家の屋敷は大きかった。  どれくらい大きいかと言えば、門を入って玄関に着くまでの距離は月光荘の外廊下の長さと同じぐらいだった。つまり前庭にアパート一軒が余裕で入る大きさである。  そして日本家屋は古かった。どれくらい古いかと言えば、 「でも戦後の建築だから。そんなに古いわけじゃないのよ。内部はリフォームしてるしね」  と大家のおばさんは言うのだった。戦後とはつまり第二次世界大戦の後だろう。東京でよかった。京都なら応仁の乱の戦後だったかも知れない。  おばさんが鶏の丸焼きの袋を持って入って行ったキッチンは、ちらりと覗いただけでも現代風にリフォームされているのがわかるのだった。 「今日はお座敷でいただきましょう。可音、雨戸を閉めて来て」  言われて部屋の奥に向かう可音に礼司もついて行った。  そこにやって来たのは背中の曲がった小柄な老婆だった。 「あら、どちら様かしら?」  家の中なのに上等そうなモヘアのセーターを着て襟元にはパールのネックレスを付けている。上品な老婦人であるが白髪は頭皮が見えるほどに薄く、化粧をしているのに白粉も浮くほどに深い皺があるのだった。 「お邪魔してます。月光荘に住んでる松橋といいます」 「まあ、可音のお友だちなのね」  と嬉しそうに言われる。  友だちじゃないと断言するのも憚られて曖昧に笑っていた。  その老女について可音は、 「おーばさんの母親」  と説明するのだった。可音の言う〝おーばさん〟とは〝大叔母さん〟らしい。 「つまり、可音さんにとっては、ひいおばあさん?」 「そう。ひーばーさん」  可音は座敷の電気を点けながら言う。黒縁メガネの下からちらりと礼司を見ていた。 「すぐわかるんだ?」 「……わかるけど?」 「さすがにあの大学の学生さんは頭がいいね」  特に頭が良くなくてもわかることだと思うが。  可音は雪見障子を開けると長い廊下に出た。何室もの座敷をつなぐ廊下らしい。  窓ガラスの向こうの暗闇に日本庭園が広がっているらしい。池の端や庭木の下に灯っている庭園灯でそうと知れる。  こんもりと黒く繁った樹木の奥に小箱のようなシルエットが浮き上がっている。月光荘である。帰宅した住人はまだ少ないらしく、明りの点いた窓がパッチワークのように見える。  いきなり冷たい空気が入って来た。可音が窓ガラスを開けたのである。戸袋から木製の雨戸を引き出してがたがたきいきい音を立てては引いて行く。 「前は月光荘に住んでたんだ」 独り言のように言われて、思わず顔を覗き込んでしまう。 「えっ? 可音さんも月光荘に住んでたの?」  頷く可音である。礼司も手伝って雨戸を押している(初めての経験である)。 「月光荘の203号室、事故物件なんだ」 「………それって、人が死んだとか?」  また頷く可音である。 「けどビミョーで。睡眠薬のオーバードーズ。住人は一人で死んだ。事故か自殺かわからない」 「他殺じゃないんだ?」 「うん。不動産屋や大家としては借りる人に告知する義務がある。けどビミョーなのにわざわざ言うのも何だから」  そこで、この屋敷に暮らしていた可音が203号室に移り住んだのだ。ついでに管理人になって半年程暮らした。その後は普通に住人が入ったという。 「もう何人か入れ替わったから、不動産屋に告知義務はない。松橋さんも特に言われなかったでしょう」  今度は礼司が頷く番だった。  事故物件ではなくなっても、あの部屋には〝亡くなった友人〟とやらの幽霊が残っていたのだ。可音はそれを知っているのか知らないのか?  そう考えてから、ぎょっとした。 「あれ? じゃあ今、可音さんが日光荘に住んでるのは、もしかしてあっちも事故……?」 「考え過ぎ」  可音はにやりと笑って言うのだった。  雨戸を全て閉ざしてガラス戸も閉めると、座敷の明りでガラスが鏡になって見える。猫背の可音と礼司とが向かい合っているのが映っている。二人の間に巻き毛の美青年など見えやしない。 「日光荘は大家が離れてるから荒れがちなんだ。それで管理人として引っ越した」  月光荘は大家のおばさんが見るとの約束だったが、あの老婆の面倒を見るのも大変なようで、結局は可音が日光荘の掃除をしてから月光荘に来るようになったと言う。 「……もしかしてバイクで通ってる? 250㏄ぐらいの」 「何で知ってんの?」 「時々音が聞こえるから」 「耳もいいんだ? あの大学の学生さんは」 「……可音さんはあの大学に何か恨みでもあるの?」  礼司はづけづけと言っていた。あり得ない発言である。これではまるで中園龍平のようだ。   あわてて詫びようとしたが、可音は鼻先で笑った。一瞬礼司は自分が嘲笑されたのかと思ったが、 「せっかく合格したのに。いつの間にか行けなくなって、この家にずっといて」  可音のそれは自嘲なのだった。 「え、あ……ごめん。変なこと訊いて」 「いいよ別に。高校から不登校だったし。がんばって高卒認定試験を受けて大学受験したのに無駄だった。デザイン学校に入り直したけど。そんなの趣味みたいなもんだし。今は日光荘と月光荘の掃除人なわけ」  いよいよ猫背になった可音は先に立って食卓が用意された座敷に向かうのだった。  ダイニングキッチンの隣にある座敷は温かく、美味しそうな香りに満ちていた。廊下に面した薄暗い座敷と異なり、部屋の隅々まで光が届いていた。明るく清潔な印象なのは、こちらもリフォームされているのだった。  食卓の中央には、ひやしんす商店街で買って来た鶏の丸焼きが鎮座していた。それを囲む料理はフライドポテトにサラダにグラタンと油っこい物ばかりである。礼司の苦手な洋風メニューだった。そして何本もの缶ビールやグラスも並んでいる。  途端に礼司は頭を下げていた。 「すみません。僕はお酒は呑めないんです。入学した時にアルコールパッチテストを受けて、絶対に呑むなと医者に言われてるんです」 「あら、それは残念ねえ。ノンアルコールの飲み物はあったかしら?」  と、おばさんが隣のダイニングキッチンに立つより早く可音が「ここにあるよ」と礼司の背後に回った。  客として床の間の前の席を与えられた礼司である。背後を振り返って見れば贈答品らしき様々な箱が積んであるのだった。床の間と言うより物置である。  重なった箱の一番下に重そうなペットボトルの段ボール箱があった。650mlの緑茶や麦茶や烏龍茶の詰め合わせらしい。可音が上の箱をどけて引っ張り出せば、まだ〝お中元〟の熨斗がついたままである。 「じゃあ、緑茶をいただきます」  とペットボトルを受け取りながら、この家にはどれだけの贈答品があるのだと呆れるばかりである。 「始めましょうか? いただきます」  可音の曾祖母である老婦人はグラスに注がれたビールを挙げた。  可音もおばさんもいける口らしくやはりグラスにはビールが注がれている。おばさんにグラスに緑茶を注いでもらった礼司も「いただきます」と唱和した。  この食卓で礼司が最も美味しいと感じたのは締めに出て来た白いご飯と糠漬けだった。新潟の良い米と聞いたが、食べたのはほんの一口ぐらいである。何となれば鶏の丸焼きに始まるご馳走を、 「若いんだもの。もっと食べられるでしょう」 おばさんに皿に取り分けられたのだ。礼儀として食べ尽くすしかあるまい。美味しい米を口に入れる頃には、間違いなく胃の許容量を超えていた。  翌朝、礼司は起きるなりトイレに駆け込んでいた。嘔吐するのみならず下痢にも襲われ抱えた便器に座る羽目になる。  下戸で少食で胃弱の男って何なんだ⁉  自分で自分に腹が立つ。  夕べの食卓を見た限りでは、あの皺だらけの老婆の方が礼司よりはるかに大食いだった。油っこい料理を次から次へと口に運んでいた。 「あの……ひいおばあさんは、おいくつなんですか?」 「九十オーバー」  可音に即答されて礼司は黙り込んでしまったのだ。  九十過ぎの老婆より胃袋が小さい二十の男?   いよいよぐったりうなだれて便座から立ち上がる気力も失せる。  そう言えば、新キャンパスで学生寮に入った時も食堂の献立にうんざりしたものである。やれ、かつ丼の餃子の姜焼きのと男子学生向けがっつりメニューばかりだったのだ。 「マッツン、これ食わないの? もらうぜ」  礼司が残したとんかつなどを嬉々として食べてくれたのがツクツクだった。  たちまち礼司は肉や揚げ物が苦手と知れ渡り、人気メニューの夕食では礼司の回りにはおこぼれを狙う寮生がハイエナよろしく集まった。  逆に湯豆腐だの煮物だの不人気メニューは礼司の皿に他の寮生の残りが積まれたものである。とはいえ少食なのだ。いくら好きでもそんなに食べられずやはり残す羽目になった。  そんなことを思い出しながらようようトイレを出ると、ベッド脇の小さな食卓にレジ袋が置いたままだった。  大家のおばさんが持たせてくれた手作り総菜である。密封容器に様々な料理が入っていた。鶏の丸焼きの残りの肉をほぐした物も入っている。あまり食べたくないが、とりあえず全て冷蔵庫に入れる。  そして玄関先には細長い箱が二本立っていた。見るからに高級そうな化粧箱に入った吟醸酒と芋焼酎の一升瓶である。これもおばさんに持たされたのだった。下戸だから吞めないと何度も断ったのに、 「お友だちに上げればいいじゃない。家に置いといても全然なくならないのよ。助けると思って持って帰ってちょうだい」  と無理やり押し付けられたのだった。  アルコールなど面倒臭いばかりで、帰るなり投げ出すように床に置いたのだ。  そのままでは蹴飛ばしそうなので、とりあえず靴箱の上に並べる。玄関先に剣呑な門番が二人並んでいるかのようだった。

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