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第十三話 2 ヤクザと学生と霊媒師

2 ヤクザと学生と霊媒師  弦蔵師匠が便箋に目を通していると、末広通の向こうから人の多い道をのろのろとタクシーが近づいて来た。車が楽屋口に横付けすると、師匠は便箋を礼司に返して、 「すまん。時間がないんで話は車の中で頼みます」  と礼司の腕を引いてタクシーの後部座席に押し込む。  ヤクザに拉致された!  それは違うと知りながら少々怯える礼司である。  続いて隣に乗り込んで来た師匠は運転手に行先を何某ホールと伝えてシートベルトを締めるのだった。  仕方なく礼司もシートベルトを装着する。 「松橋さん、あんた盛岡の……リッチな盛岡のホテルで会った人でしょう?」 「えっ、覚えてるんですか?」  確かに盛岡の老舗ホテルで会ったけれど、話したのはほんの少しである(しかも内実は礼司ではなく龍平だった)。 「あんなちょっとしか顔を見なかったのに」  正直に言ってしまうと、強面がにわかに目尻を下げるのだった。妙に可愛らしい笑顔である。 「人の顔は忘れない(たち)なんでね。いや、盛岡では打ち上げにお呼びしたかったのに、緊急入院しましてね。にわかの激痛で……松橋さんは尿路結石を患ったことは?」 「いえ、まだ……」 「まだ若いからな。学生さん?」 「はい。大学三年生です」 「今のうちから身体は大切にしなきゃいけませんよ」    などと弦蔵師匠は盛岡のホテルで尿路結石の激痛にのたうちまわり救急車で病院に運ばれた顛末を面白おかしく語るのだった。ちょっとした落語のマクラのようである。思わず知らずくすくす笑って聞いている礼司である。 「あの旅仕事は俺が主任だったのに入院しちまった。音がいてくれて本当に助かったよ。  結局、代バネも見つからなかったから巡業中ずっと音がトリをとってくれてね。  見事な長講をいくつもかけたと後で聞いた。全くあんな才能もう二度と現れないよな」  しみじみ語るのにも強く頷く礼司である。  にわかに師匠は懐からスマートフォンを取り出して礼司と連絡先交換をする。 「霊媒師の連絡先とプロフィールを送りました。都合のいい日時に予約して行ってください」  と言うなり、いきなり電話をかけ始める。 「ああ、俺だ……また除霊を頼む。名前は松橋さん。……ああ、同じだ。料金はこっちに直接。そう、後で松橋さんから直接予約してもらうから。頼むぜ」  そして電話を切ると師匠はもうシートベルトを外しているのだった。窓の外を見れば既に車はどこぞの地下駐車場に入るところだった。 「ということで。うまく払えるといいんですがね。じゃあ。急ぐんで……」  と車を降りた師匠は、 「このまま乗って帰ってください」  身を乗り出して礼司の手にタクシー券を握らせた。 「霊媒師には直接電話して都合のいい日を打ち合わせてください。うちの親戚だから料金はタダです。音もしつこい霊に悩んでいたから紹介して……」 「音丸さんも除霊を?」 「ああ」師匠はルイヴィトンのスーツケースも引き下ろした。 「せっかく霊を祓ったのに……まあ、松橋さんも結果を教えてください。  何なら今度こそ呑みましょう。ケンパイというか。じゃあ、急ぐので失礼!」  よく見れば着物姿だが師匠の足元は革靴である。ばたばたと地下駐車場のエレベーターに向かって走り出す。忠実な子分のようなルイヴィトンを引き連れて。 「ありがとうございました!」  礼司は車の中から大声で礼を言った。  弦蔵師匠と会ってから、まともな言葉を発したのはこれだけだった気もする。運転手に促されて新しい住まいサンシャイン・アベニューの住所を告げる。  地下駐車場を出て車が走っているのはオフィス街のようで、遠くにライトアップされた国会議事堂が見える場所だった。あの輩のような落語家には最も似合わない街に思えた。  帰るタクシーの中で可音にメッセージを送った。霊媒師に会いに行く日を打ち合わせたかったのだが、 〈Lillyさんに連絡しなよ〉  いきなり言われた。  戸惑っていると、説明が届いた。  可音は画材店で買い物を済ませてから末廣亭に入ったらしい。 〈たっぱさんの職場を見たくて〉  と、ふられても未練たらたらのようだった。  そこで偶然百合絵に出会って礼司と連絡がとれないとこぼされたらしい。 〈すぐ連絡したほうがいいよ。大事な報告があるってさ〉 〈了解。霊媒師に会うのも大事だよ〉 〈この週末は?〉  というわけで、予約は十一月の最初の土曜日に入れることに決めた。  翌日の昼間に霊媒師に予約電話をかけると、出て来たのは女性の声だった。霊媒師本人なのか受付の事務員なのかも、若いのか年寄りなのかも声だけでは計りかねた。  ただプロフィールの住所が横浜市なのはイメージと違う気がした。何となく〝霊媒師〟という怪しげな職業は上野や浅草のような古い土地にいるような気がしたのだ。  予約完了の電話をした時、 「横浜もバイクで行く?」  可音に問われて礼司は即座に断った。  革ジャンなど持っていないのだ。十一月という時季にそんな姿で横浜の海から吹き寄せる潮風にさらされたくはなかった。  それに可音のバイクに乗せてもらった時、思い出してしまったのだ。  高校時代の先輩とタンデムで気仙沼の海沿いの道を走ったことを。あの頃は自分が同性愛者であることを何としても認めるわけにはいかなかった。  否認していた心が今ならわかる。自分は紛れもなくゲイであり先輩に恋をしていた。初恋だった。よくよく思い出せば先輩も実は礼司のことをそう憎くは思っていなかったのではないか?  だからこそ故郷の海を見せるためにツーリングをしたのではないか? 「高校までは親戚の世話になったけど、これ以上は迷惑かけられない。俺、高卒で社員寮のある会社に就職する。礼司と一緒に大学に行ってキャンパスで遊んだりしたかったな」  波間に日差しがきらめく海を見ながら言う先輩に、 「俺いっこ下だし。それに同じ大学かわかんないじゃん」  我ながら無粋な答えをしたものである。先輩はげらげら笑って、 「これだから礼司は!」  とヘッドロックを掛けたりしたのだった。  多分あの時礼司の答えが違っていれば、ファーストキスからその夜の宿で何かあったかも知れない。実のところ礼司の初めてのキスも肉体関係も関裕奈なのだった(成り立たなかったが)。口惜しい限りである。  日曜日の昼下がり。二人で降り立った駅は礼司のイメージにある横浜とはまるで違っていた。海などどこにも見えやしない。 「うちの新キャンパスがあるド田舎と同じじゃないか……」  ぼやく礼司に可音も否定はしなかった。  実を言えば礼司にとっては今日の可音の出で立ちも大幅にイメージと異なっていた。  何とピンク色のシャネルスーツを着ているのだ。衿元にはスカーフやネックレスをあしらって、手首や指にもゴールドの装飾品満載である。足元は白い中ヒール、甲にでっかいリボンが付いている。  この姿が待ち合わせ場所に現れた時、礼司は二、三歩あとずさった程である。 「大学……すぐに行けなくなったけど、大学の入学式に着せられた。これもひーばーの見立て」 「ひいおばあさんは女らしい服が好きだったんだね」 「まあね。念のために着て来た。この服ならひーばーの怨念が憑いてるかも」 「……なるほど」  似合ってないとは、やはり言えなかった。 「どうせオカマバーのママだろ?」  率先して言ったのは可音だった。  駅前は真新しいビルが建つ街だったが、タクシーで指定の住所に進むうちに周囲は田畑や森林ばかりになって来る。晩秋の冷たい風が土埃を巻き上げている。やがて森林を切り開いた中に忽然と現れたのは新興住宅地だった。ますます〝霊媒師〟という怪しげな名前には似合わない風景である。  お菓子の家のようなパステル調の家屋が並ぶ中にある一軒のドアチャイムを鳴らす。 「はーい」  と出て来たのはあまりにも普通の主婦だった。人のよさそうな丸顔で花柄のエプロンを着けた中年女性である。思わず玄関先で礼司と可音は顔を見合わせた。 「お待ちしてました。どうぞ入って」  通されたダイニングリビングもあまりにも当り前の風景だった。IKEAあたりで買い揃えたようなリビングセットのソファに勧められるままに並んで座る。正面のテレビにはゲーム機のコントローラーが繋がっており、下の棚には雑多なソフトが並んでいる。  L字型ソファの長い辺に並んで座った礼司と可音である。短い辺(礼司のすぐ横)にはこの家の主婦が腰を下ろして、 「小さな街だけどおいしいお菓子屋さんがあるんですよ」  クッキーと紅茶を出す。 「いただきます」と率先して手を出したのは可音だった。 「洋酒の香りがそそりますね。ラムレーズンのクリームを挟んだクッキーか」  と一人でぼりぼり食べている。  とりあえず礼司は紅茶を啜る。  主婦も洋酒のクッキーを食べながら言うのだった。 「弦蔵さんは私の従兄弟(いとこ)なんです」  とてもそうは思えない。あれは強面の反社でこれは善良なる小市民ではないか? 「私は小さい頃から霊感が強かったんです。彼がいずれ人前で話す変な仕事につくのも見えていたんです」 「見えて?」「いた?」礼司と可音とでハモってしまう。主婦は笑って頷いて、 「その頃はまだ〝落語家〟という職業を知らなかったので。変な仕事だと思ってました。もっとも今は私の方が変な仕事になってるんですけど」 「はあ……」またも二人でハモってしまう。 「奥にカウンセリング用の小部屋があるんです。お二人だとプライバシーがあるでしょう?」  主婦いや霊媒師は二人を見比べて言っている。 「いや別に」「大丈夫です」礼司と可音は相手の顔を見ながら言った。お互いに憑依された幽霊については知っているのだ。礼司はもう可音に何を聞かれてもいいと思ってもいた。  答えないうちに霊媒師は頷くのだった。 「そうね。お二人は男同士でこの上もない親友なのよね」  そしてピンク色のシャネルスーツを着た可音をまっすぐ見て、 「あなたは男性ですよね」  と断言した。可音は黙って深く頷いていた。 「こちらのあなたは男性が好きなようだけど、別に好きな男性がいますよね。ただ今はもう……」  主婦に言い当てられて礼司も唇を噛んで頷くしかなかった。返す刀で切り付けられるようなタイミングではあった。

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