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第8話 既読スルーと猫

 家に帰った久米は、すぐにお風呂に駆け込み、気持ちのいいシャワーを浴びた。  起きてからずっとぼんやりしていた頭も、すっきりと冴えわたっていく。  昨夜の人生激震級イベントが、頭の中で早送りと一時停止とリピートを繰り返している。  洗面台の前に立ち、バスタオルで髪をゴシゴシ拭きながら、あれこれ思い出さないよう必死だった。 「あーーーーーーーっ!」  タオルを洗濯かごに放り込み、頭を抱えてしゃがみ込む。忘れられるわけがない。忘れようとすればするほど、鮮明になっていく。  肘の隙間から半分だけ顔を出し、山本に「また月曜な」と言われたことを思い出す。  だけど、こんなテンパった自分が、どんな顔で月曜を迎えればいいのか、全くわからない。  動けずにいると、洗面台の上のスマホが小さく震えた。腕を伸ばして、ようやく画面を手に取る。  ――「家、着いた?」  山本からのLINEだ。  トーク画面を開いた瞬間、久米の心臓は喉元まで跳ね上がる。  え、主任が自分を心配してくれてる!?   ……でも、よくよく考えたら、大人の社交辞令としてはわりと普通のことかもしれない。  そんな疑いを拭えずに、検索エンジンで「上司 飲み会 帰宅後 気遣い」と打ち込んでみた。すると画面に並んだのは、  ――「上司があなたを好きなサイン」「上司と寝てしまったその後」「好きな上司、諦めるべき?」  ……みたいな文言ばかり。  スマホが急に熱を持ったようで、久米はあわてて床に置く。顔を肘に埋めたまま、足の指先がきゅっと丸まってまたゆるむ。  ――主任が自分のこと、好きになるはずない。  そもそも伊藤の件だってあったし、昨日なんて、ほとんど人間の体をなしていなかった自分なのに。  目を閉じると、浴室からポタリポタリと水滴の落ちる音が聞こえてきた。  またスマホが震える。 「既読スルーか?」という山本からのメッセージ。  ――するわけない!!  久米は慌てて立ち上がり、スマホに飛びつくようにして、画面を乱打するようにタップした。 「着きました!!」  そう打って、ようやく送信。息を切らせながら、昨日からの自分の世界が、どうしてこんなふうに変わってしまったのかを考える。  手に持ったスマホがくすぐったく感じて、また山本からかと画面を覗く。  ……その瞬間、久米の魂は一瞬で体を抜けてどこかへ吹き飛んだ。  スマホ画面には、色っぽい猫のスタンプ。  左上の名前欄には、はっきりとこう表示されていた。  ――「伊藤先輩」  ――って、なんで伊藤さんのLINEに返事してんだ俺ーーーーー!!!

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