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第13話 バカだな、お前

 会議の後半、久米は伊藤に太ももをひそかに掴まれながら耐えていた。  山本と伊藤が一緒に部長を見送って外へ出て行くと、やっと久米はテーブルに伏せて完全に力を抜いた。 「会議って、あんな怖いもんか……」  目を閉じ、山本がいじめられている場面を思い出し、そしてまた目を開けた。  自分はまだヒヨコだから何もわからないが、今回は本当に山本を助けたいと思った。  契約の仕事を伊藤から最初に任されたときも、躊躇したことがあった。 「契約も結ばずに先にものを作るなんて、本当に大丈夫ですか?」と伊藤に尋ねたが、彼は自信満々だった。  一体なぜだ?  もしかして、伊藤には別の手があるのか……?  自分の頭を揉みながら考え込む久米。  伊藤は自信がないまま行動するタイプではない。裏には絶対に何かあるはずだ。  ただ……さっきの伊藤は、まさにイケてた。  そんな久米があれこれ考えている間に、山本と伊藤が会議室に戻ってきた。  彼は立ち上がり、やや険しい表情の二人を見つめ、口を開こうとしたが言葉が出なかった。 「とにかく、まず吉田に双方の合同サンプル検査の申請をしてくる。」  伊藤は携帯を取り出し、三人の間で軽く振った。  山本は眉間を揉みながら目を閉じた。  起きたことを今責めても仕方がない。今はどう解決するかを考えるべきだ。  手を下ろし、伊藤に軽く頷いた後、今日初めて久米に真剣な視線を向けた。 「これを片付けたら、仕事に戻れ」  ……だから、こんな風に突き放さないでよ、主任。  久米は拳を握りしめ、眉をひそめて言った。  「僕にも責任があります。この案件に参加させてください!」  山本は隣の椅子を引き寄せて座り、冷たく言った。 「会議中にぼんやりしていて、何が役に立つと思う?」  久米は言葉に詰まり、週末の変な過ごし方のせいだと責めたが……それは自分が望んだことではなかった。  伊藤は壁にもたれかかりながら言った。 「主任、そんなにきつく言うなよ。今回のことは、久米君にとって良い経験になると思うよ」 「お前が言うなよ。お前だって大差ないだろ」  山本が伊藤に言うのを聞き、久米は自分の服の裾を握った。  彼が怒るなんて思っていなかったが、今は抑えきれなくなっているようだった。  それでも…… 「お願いします!!」  久米は歯を食いしばり、山本に頭を下げて懇願した。  山本は黙ったまま、眉をぎゅっと寄せていた。頭痛は胃まで痛み始めていた。  あまりにも混乱した感情が一気に押し寄せ、心の奥の岩に波がぶつかるたびにこめかみが痙攣するようだった。  伊藤はその空気を察して、ふふっと笑いながらからかった。 「どうした?金曜の夜は楽しくなかったのか?」  山本は一瞬固まり、振り返って伊藤を見て淡々と答えた。 「別に」  久米は後ろから慌てて「シーッ」と手で合図を送りながら伊藤に注意した。  彼の悪戯っぽい顔しながら、久米に引っ張られて会議室を出て行った。 「――お願い、伊藤さん。何も知らないふりしてくれないんすか?」  久米は小声で伊藤の口を塞ぎながら言った。  伊藤は久米の手をどけて言った。 「じゃあ土曜の朝のLINEはどういうことか教えてくれたら、許してやるよ」  久米はしばらく躊躇したが、ドアの向こうで案件の解決策を考えている山本に向かって言った。 「主任、ちょっと用ができて、あとで戻ってきます」 「は?」  山本の声はドアの内側で遮られ、久米は急いで伊藤の後を追い、喫煙室へ向かった。 「……こういうことだ」  久米は伊藤から離れて立ち、この閉ざされた空間の中で伊藤の吐く煙からは逃げようがなかった。  伊藤は半開きの目で手に持つ青白い煙が換気扇にかき消されるのを見つめながら言った。 「まさかだな」 「全部伊藤さんが主任を刺激してるから……」  久米は顔を背けながら呟き、自分がまるで愚痴をこぼす主婦のように感じた。 「だって……主任が伊藤さんを気にしているのはわかってるのに……」  伊藤は数秒間久米を見つめてから、煙草の火を消して灰皿に捨て、久米の前に歩み寄った。 「バン!」  と手のひらを久米の耳の後ろの壁に叩きつける。  久米は驚いて身震いし、思わず背中を壁にくっつける。  横顔で緊張したまま伊藤の鋭い目を見ると、壁の冷たさが背中に伝わり全身が寒くなった。 「何言ってるんだ」  伊藤の声が部屋中に響いた。  久米は唇を噛みしめて鼓動が高鳴るのを感じ、自分のどの言葉が地雷を踏んだのかわからなかった。  しかし居酒屋での出来事や酔っぱらった山本が騒いでいたことも思い出し、ムキになった。  それに今朝、この二人は妙に息が合っていた……  眉をひそめ、伊藤の目をまっすぐ見て言った。 「そもそもそうでしょ、伊藤さん……」  伊藤の顔が突然近づき、久米は黙ったままだった。  彼は目を細めてちらりと見ると、何もせずじっと久米を観察していた。  しばらくして伊藤は手を下ろし、距離を取って無力なバカを見るように言った。 「お前、ほんとバカだな」 「……バカとか……」  久米は悔しさでいっぱいだった。言っているのは全部事実なのに。 「久米くんよ」  伊藤は手すりにもたれかかりながら言った。 「まさか気づいていないわけじゃないよな、あいつは今お前だけを見てるって」 「…それは…どういう意味?」  久米は理解できず、伊藤は笑い出した。 「まあ、いい。そんな話はやめだ。吉田に連絡しないと」  そう言ってドアを開け、一歩外に出てまた戻ってきて、戸惑う久米に言った。 「前に渡した工場のリスト、覚えてるか?」 「…覚えてます」  久米は頷いて答えた。 「そこから何か手を打てないか考えてみろ」  そう言って伊藤はドアを閉め、久米を喫煙室に一人残した。

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