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第12話 会議室に響く音

 久米は唾を飲み込み、椅子を引こうとして机の角にぶつけ、「ゴン」と鈍い音を立てる。山本の眉がぴくりと動いたが、何も言わない。  久米は慌てて腰を下ろし、汗ばんだ手のひらを膝の上で握りしめた。  正面の山本は、前髪をかき上げて、眉間にしわを寄せていた。  一呼吸おくと、立ち上がって全員に向き直り、声を張る。 「それでは、全員そろいましたので、始めます」  その視線は、中央で資料を閉じた牛島に向けられる。  牛島は皆を見回し、低く、落ち着いた口調で話し始めた。 「本来であれば、本日は定例巡回のみの予定だったが。今朝ちょっとした問題が発生してね。まずはその話からだ。」  そう言って、山本を横目で見る。 「……申し訳ありません。」  山本は即座に深く頭を下げた。あまりにも勢いよく、顔が完全に隠れるほど。 「まあ、まずは内容を聞こう。」  牛島は制止するように手を上げ、声色を和らげた。  久米は、隣の伊藤に目で「何があったんですか?」と尋ねるが、「聞いてればわかる」と返され、そっと渡された資料を見る。  表紙には――『伊吹案件進捗報告』。  ……ああ、あの話か。  山本は資料を手に取り、少しだけ考えてから説明を始めた。 「今回の伊吹会社は、クライアントからの案件を受託し、弊社に一部商品の製造を委託してきた中間業者です。納期上の制約もあり、先方の口頭確認および仕様情報に基づき、正式契約前に先行生産を行いました。契約書の締結は、初回納品日に実施されました。」 「で、結果、初回ロットの不良率が5%を超えて、契約基準の2%を大きく上回ったってわけだ。」  斜め上の席から、やや飄々とした中年社員が言い放つ。  机に資料を落とす音が、部屋に響く。  久米は思わず背筋を伸ばす。この会議室、怖すぎる……。 「伊吹との古い付き合いに気を許していた、俺の判断ミスです。申し訳ございませんでした。」  伊藤が立ち上がり、低頭して詫びる。久米もそれに倣い、小さな声で。 「す、すみません……これからはもっと気をつけます……!」  牛島は軽く手を振り、伊藤と久米から視線を外す。 「工場側は何と言ってる?」 「二週間ほど前に設備トラブルがあったとのことですが、弊社製品への影響はないとの回答でした。」  山本は淡々と答える。 「それを鵜呑みにするあたり、さすが主任さんだね。」  財務の浅間がメガネを押し上げ、皮肉混じりに言う。  さすがに久米もカチンときたが、伊藤がさっと前に出た。 「現時点では、先方が一方的にデータのみを根拠に、当社側の過失を断定している状況です。まずは双方立ち会いのもとで抜き取り検査を実施し、事実関係の確認を行うことが最優先かと考えております。」 「で、先方が素直に応じるとでも?」 「……」  牛島はひと息つき、お茶をひと口飲むと、山本に問うた。 「吉田の意向は?」 「……『次からしっかりやってくれればいい。ただし、今回の50%での支払い』と。」  山本は少し言い淀んでから、そう答えた。 「バカバカしい」  浅間が机を軽く叩いて言い捨てる。  牛島はしばし沈黙し、資料を指先で滑らせるように横へ寄せると、低い声で続けた。 「……あちらが契約解除を選ばなかった時点で、我々以外の選択肢がないことは明白だ。」  その一言で、会議室の緊張が一気に変わった。 久米は胸の内で、心底この人……怖い。でも、めちゃくちゃ……かっこいい、と感じていた。 「山本。この件、お前なら処理できるだろ。任せる。」  牛島はそう言い、資料を完全に脇に置いた。 「やり方は任せる。ただし、損失はゼロに抑えろ。」  その一言に、久米はゴクリと生唾を飲み込む。  ……この三十分、命が縮む思いだった。 そして、主任は……この修羅場を引き受けた。

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