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第25話 十九時、あのドアの向こう
久米の指先がわずかに動いた。主任室の壁に掛けられたデジタル時計が音を立てる。
「十九時ちょうど、ただいま十九時ちょうどです」
伊藤が振り返り、山本を一瞥してから、うつむいて黙り込んでいる久米に視線を移した。
飲み干した野菜ジュースを手に、そのまま近くのゴミ箱に放り込む。
大きく欠伸をしながら自席に戻り、スーツの上着とバッグをつかみ上げ、独り言のように言った。
「うわ、もうこんな時間か。好きな番組始まっちゃうな」
二人が無言のままなのを見て、さらに付け加える。
「急いで帰らないと。では、また明日」
言うが早いか、まるで逃げるようにオフィスを後にした。
エレベーターのボタンを押したものの、時間がもったいなく感じたのか、「CO₂削減」と小声で呟きながら、横の非常階段のドアを開けて駆け下りていく。
ようやく会社のエントランスに辿り着くと、エレベーターは九階で止まっていた。
上が重く、下が軽いあの「9」の数字が、どう見てももう昔のただのアラビア数字には見えなかった。
いいことしたんだから、きっと報われるさ、真吾。
腕からずり落ちそうな上着を直し、夜の街へと足を踏み出した。
空調の冷風が襟元に入り込み、久米は袖口を引っ張って下ろした。今の彼は、もうどうしていいか分からないほど気まずい。
自分の中のこの引っかかる感情はさておき、山本の額に貼られた、乾いて端がめくれかけた冷却シートを見れば、言わなくても分かる。
主任は、明らかに体調を崩している。
立っているのも、座るのも、どちらもできず、まるで棒のように突っ立って動けない。
「……久米」
山本は虚ろな声で、ドア枠にもたれかかりながら呼びかけてきた。
「……はい」
久米は、顎がシャツの襟にくっつきそうなほど深く頭を垂れた。
こんなときですら、脳裏には「自分も伊藤さんみたいに、さらっと流せたら」とか、そんなことばかり。
山本は小さくため息をつく――
この数週間で久米のことはそれなりに理解してきたつもりだ。この子がいま何を考えているのか、おおよそ察しがつく。
ドアを押し開け、普段と変わらぬ軽い口調で言った。
「ちょっと手伝って」
山本の姿がドアの向こうに消える。久米の心臓の鼓動はますます早くなった。
どうすんだよ、バカ……
慌てて自分のデスク周りを片付け、不安に駆られながら主任室へと足を運ぶ。
── Special Thanks ──
本篇シリアス展開の余韻を引きずったまま、役者三人が“楽屋トーク”で大暴れ!?
本内容はフィクションです。本編とは無関係です。たぶん。
幕間小劇場シリーズ Vol.1「修羅場のあとで」
久米(腕を組んでソファに沈み込み、まだ眉間にシワ)
……なにあれ。俺、完全にブチギレキャラじゃん。
「人のこと弄んで〜」とか、言っちゃったし……
黒歴史確定なんですけど。
伊藤(脚を組みながら野菜ジュースをちゅーちゅー)
え?俺はカッコよかったと思うけどな〜。
初めて見たわ、マジギレ久米。
ほら、コメント欄も「久米、覚醒した」「子犬、牙むいた」って盛り上がってたし。
久米(ギョッとして前のめり)
え、コメントって……見てたの!?
伊藤(しれっと)
いや、俺が書いた。公式アカで。
久米(即ツッコミ)
反省しろや!!
(そのとき、山本が病人姿でゆらりと登場。額には冷却シート、脚を引きずりながら、台本を手に持って静かに現れる。)
山本(低く、冷たい声)
……なに騒いでんの。
久米(ビクッ、即起立)
し、主任!?いや、その、悪口とかじゃなくて……!
伊藤(パックをくしゃっと潰しながら)
ちょうどお前のラスト登場シーンの話してたとこ。
あの“冷却シート貼ったままの美人病人”演出、監督泣いてたぞ。
久米の迫真ブチギレで全部持ってかれた〜って。
山本(台本をぺらぺら)
……あれ、普通に出てく予定だったのに。
「人のこと弄んで〜」で吹きそうになったわ。
久米(小声で縮こまりながら)
……俺だって、叫ぶ予定じゃなかったんですぅ……
(数秒の沈黙。山本がふと顔を上げ、台本をぱたんと閉じる。声はさらに冷たい。)
山本
……お前ら、そのシーン、全カットするぞ。
久米&伊藤(声を揃えて)
ちょっ、やめてくださいってば!!
(本編が重すぎで...ついつい....これは完全自分のリラックスタイムです♡頑張って書いてますので...よろしくお願いします。)
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