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第37話 湊、再び➕書き下ろし
会議資料をバッグに詰めながらも、久米の指先は小さく震えていた。ノートパソコンにPPTがちゃんと保存されているか、何度も確認してからようやく会社から出た。
クライアント先までの三十分。信号を見落とすほど、心は乱れていた。
エンジンの低い唸りが車内にこだまする中、自分の体が震えているのか、それとも車の振動が伝わっているだけなのか――
久米にはもう判別がつかなかった。
目の前に迫る伊吹会社のビルを見つめながら、これから一人で吉田とクライアントを相手にしなければならないと思うと、喉の奥が詰まって痛みを覚える。
車を停めた直後、助手席に置いていたスマホが振動した。唾を飲み込んで画面を見ると、「主任」の二文字が表示されていた。
「……俺だ」
電話の向こうから山本の声が聞こえる。
極度に緊張していた久米は、口を開いても言葉にならず、ようやく絞り出したのはたった一音。
「……はい」
山本が黙った。
久米もただ耳を澄ませる。受話器越しに、水の流れる音が微かに聞こえた。たぶん山本はコーヒーを淹れているのだろう。
久米はおでこをハンドルに預けたまま、何も言えずに時間だけが過ぎていく。
山本は淹れたてのコーヒーを一口すすると、思った以上に熱くて口元をしかめ、机の上にカップを置いた。
香ばしい香りに目を細めながら、ふっと息を吐き、目を閉じて呟いた。
「週末、ちょっと面白そうな映画やってるらしい。……終わったら、一緒に行かない?」
一瞬、久米は自分の耳を疑った。
何度も頭の中で反芻してから、突然顔を上げて叫ぶように返した。
「行く!行きます!」
「……そう。じゃあ、切るね」
山本はあっさりと言って通話を終える。
カップを持ち直し、少し息を吹きかけてから、再びコーヒーを口に含んだ。
今度は、ちょうどいい温度だった。
久米は両手で顔を擦り、意を決したように車のドアを開ける。
山本さんと映画観に行く……その時のため、少しでもいい気分でいられるように。やるしかない!
気合を入れて伊吹会社のロビーに入った久米は、ちょうど吉田課長が一人の関係者と共にこちらに向かってくるのと鉢合わせた。
今日の吉田はどこか堅い表情をしており、前回のような軽さは感じられない。久米が挨拶をしようとしたその瞬間、吉田の後ろにいた人がふと顔を上げた。
澄んだ眼差し。無表情に近い、しかしどこか憂いを含んだ端正な顔立ち。
その顔を、久米は思い出す。居酒屋の照明の下で、あの顔は以前、見たことがある。
――あのときの、あの人だ。
久米の指先が冷たくなる。言葉を発する前に、口が開いたまま止まってしまった。
そして、ようやく記憶の輪郭が名前と結びつく。
――清水湊。
清水も、ほんの一瞬動きを止めたようだった。
吉田が二人を見比べ、不思議そうに言う。
「おっ、もしかしてお二人、面識あります?」
清水は久米より一歩早く言葉を発し、軽く頭を傾ける。耳元の髪が頬に落ちた。
彼は微笑んで、名刺を差し出した。
「市役所総務部契約管財課の清水と申します。今回の調達案件につき、市側の窓口を担当しております。どうぞよろしくお願いいたします」
私的な関係には触れない――清水の意図を感じ取った久米は、飲み込んだ言葉を胸に仕舞い、慌てて名刺を取り出した。
清水よりもやや低い位置で両手を揃え、差し出す。
「明光プロダクツ株式会社の久米です。本日は他の社員が急用のため、私一人で参りました。どうぞよろしくお願いいたします」
互いに名刺を受け取ったあと、吉田の案内で会議室へと向かう。
清水の背中を見つめながら、久米の頭の中にはただ一つの叫びがこだましていた。
……伊藤さん!!どういうことなんだよ、何やらかしてくれてんの~~~~っ!?
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いつも読んでくださる皆様、本当にありがとうございます。
ささやかですが、特別話として……もしもな夜をお届けします。
実は、久米と山本がちゃんと結ばれるのは、もうちょっと先になりそうです。
私はスローな展開が好きで、仕事の話を描くのも楽しいんですが……たまにこういうのも書きたくなっちゃうんですwww
なので、もし「本編の流れでじっくり楽しみたい派」の方がいたら、この書き下ろしはスキップして、次回の更新を待ってもらって全然OKです!
※ 本編の時系列とは無関係な番外編です。
※ R指定表現を含みますのでご注意ください。
唇を塞がれたまま、山本は思考を手放した。
熱い吐息が頬をなぞり、首筋を焦がしていく。
――もう、駄目だ。
体を伝う熱に、拒絶の言葉は浮かびさえしなかった。
久米の舌が、服の隙間から滑り込んで、乳首の先を柔らかく転がす。
ぴくりと震えた背筋の反応に、我知らず喉の奥から息が跳ねる。
こんなにも……敏感になってしまっている。
理性が残っていたなら、声など出さずに済んだはずだった。
それなのに、震える声が零れてしまう。
「……や、悠人……っ」
掠れた声は押し殺したつもりだったが、耳元で囁かれた言葉が、全てを飲み込んでくる。
「まだ我慢するんですか?山本さん……こんなに、乱れてるのに」
手がシャツの裾をめくり上げ、滑り込む指先が肌をなぞるたび、びくびくと身が跳ねた。
腹部を這うその感触に、奥歯を噛みしめるも、逃げる術はなく。
――また、だ。
拒もうとして、でも結局、捕まえられる。
甘い重力のように、久米に引き寄せられてしまう。
視線を逸らす。けれど、その動きを読んだように、唇が追いかけてくる。
頬を、こめかみを、耳たぶを、愛おしむようにゆっくりと。
「っ……やめ、……くっ……」
喉元に触れたそのキスが、引き金になった。
肌の奥に火が灯るような感覚が、全身に伝わっていく。
久米の指が、ゆっくりと、だが確かに、山本の下腹を撫で下ろしながら、奥へと進んでいく。
やわく、しかし容赦なく。少しずつ、慎重に、深く。
――ひくっ。
ソファの縁を掴む指が白くなる。
息を呑むたびに、背中をなぞられ、じわりとした快感が芯へと滲んでいく。
耐えようとするほどに、指の動きは緩やかに、執拗に、焦らすように重なって。
「……っ、あ……や……ぁ……っ!」
潤んだ瞳が、自然と久米を捉える。
熱を帯びた視線が交錯する中で、喉の奥から漏れた声は、懇願の色を孕んでいた。
「……もう……入れて……」
羞恥と、苛立ちと、どうしようもない渇きが滲んだ声だった。
そんな山本の訴えに、久米はふと息を呑み、微笑むように額へ唇を落とす。
「……はい。山本さんが、そう言ってくれるなら」
低く、優しい声が耳元に響く。
ソファの背に腕をまわし、久米はゆっくりと山本の腰を引き寄せた。
視界が揺れ、脚がほどけ、体が沈み――
次の瞬間、深く貫かれた衝撃に、山本の背が跳ね上がる。
「……っあ、ゆ……!」
呻くような声が喉から零れていく。
腰を支えられ、深くゆっくりと満たされる感覚に、もう理性など残っていなかった。
重ねられる肌と肌の間で、言葉にならない熱が募っていく。
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