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第41話 優しさと熱さのあいだ

 キッチンのシンクには、まだ使い終わった食器が山のように積まれていた。  山本はソファに沈み込んだまま、久米が作成したクライアントの会議報告書に目を通しており、その眉間の皺は見るたびに深くなっている。  久米はざっとテーブルを拭いてから、ソファ前の床にぺたんと座った。  全力を尽くしてクライアントを繋ぎ止めたつもりだが、状況はどうにも芳しくない。久米は気まずそうに言った。 「さすが山本さん、特許の件まで気づかれるなんて……」  山本の視線が、うつむいた久米の頭に止まる。ふうとひと息ついて、静かに言った。 「うちはプロジェクトを作る側だ。まずそういう視点を持って当然だろう。悠人、お前はいつも視野が狭すぎる。自分の分だけ早く終わればいいと思ってるんじゃないのか」  名前を呼ばれた瞬間、久米の胸の奥がじんわりと痺れた。怒られていようが何だろうが、山本に名前で呼ばれるだけで全てがどうでもよくなる。  彼は山本の膝に顔をうずめるように倒れ込み、頬をぴったりと膝に押し当てた。 「はいはい、仰る通りでございます!」  山本は脚を引こうとしたが、久米は離れようとしない。何度か押し引きした末に、山本は諦めたようにため息をつき、久米の頭をぽんぽんと撫でた。 「明日、村田っていうデザイナーから何パターンか図案が届く。お前がそれを持って、エイス製作所に行って、テスト製造の話をしてこい」 「……村田って誰?」  久米は顎を上げ、警戒するような目を向ける。 「この案件はもともと俺と真吾、あと何人かで立ち上げたチームで進めていた。お前が来てからは現場配属だったから、チームもそのまま待機状態になってた。――だから、財務の浅間以外はまだ紹介してなかったな。悪い」 「謝ることないじゃないっすか……」  久米は体をずらしてソファに這い上がり、山本の胸に顔を埋めた。 「……それで、他には誰がいるんですか?」 「法律顧問の大平さん、あと最近忙しくて顔出してない品質管理の黒瀬主任。次の会議には参加してもらう予定だ」  山本は久米の頭を片手でぐっと押し出した。 「――お前、暑くないのか?」  久米はその手のひらに額を預けたまま、半眼で鋭く問いかけた。 「……その人たちと、山本さんはどんな関係なんですか?」  山本の手に力が入らなくなり、久米の顔がまた胸元に戻ってくる。暑さではない。じんわりとした温かさ。  それが、誰かに気にかけてもらえるという感覚なのだろう。山本は目を伏せながら、ぽつりと答えた。 「――同僚だよ」 「なら、いいです」  久米はさらに体を寄せながら、何かを思い出したように身を起こし、興奮した様子で言った。 「そういえば、クライアント側、清水さんだったんですよ!!」  大事なことを言い忘れていた。  その名前を聞いた山本は、舌打ち混じりに顔をしかめた。……真吾の野郎、あの手この手でやりたい放題しやがって……相手が市の案件だと分かってて、なおふざけるとは。  久米の戸惑ってる視線に気づき、山本は考えを止めて咳払いした。 「――そっちはひとまず置いといて。明日のエイス製作所とのやり取りが、今回の鍵だ」 「はい」  久米が素直に頷き、山本は報告書を閉じた。しかし久米は立ち上がる気配を見せない。怪訝に横を見ると、彼はこちらをじっと見つめていた。 「……何だ?」  山本が一歩引こうとした時、久米がそのまま顔を寄せてきた。半分だけ見開いた目が、熱を帯びた光を宿している。 「……話、終わりました?」  息がかかるほどの至近距離。逃げ場のないソファの背。山本はこくりと頷き、小さな声で「……ああ」と返した。 「体調は?」 「……だいぶ良くなった」 「それなら……よかったです」  唇と唇の間に残されたわずかな隙間を、久米の口づけがゆっくりと埋めていく。  それは本来、優しいキスであるはずだった。だが、山本がかすかに応じた瞬間、熱が弾けるように空気が変わった。  唇と舌が交差するだけでは足りないとでも言うように、久米は山本の手を取り、自分の背中へと導いた。パーカーの裾から忍び込ませた指先が、山本の背筋をなぞる。 「んっ……!」  指先が乳首の端をかすめた瞬間、山本の体がぴくりと跳ねた。強引に口を離し、胸元の手を押さえて睨みつける。 「……お前、何してんだ」  頬を赤らめた山本に、久米は構わず顔を埋めて唇を落とす。手を掴まれたまま、親指の位置をそっとずらすだけで―― 「……あっ」  爪先が乳首の端を引っかくと、山本の体がぴくりとした。  久米の唇は山本の喉元へと降りていく。山本の呼吸の震えを感じ取りながら、ゆっくりと首筋にキスを落とす。 「……ま、待て、悠人――」  言い切る前に、パーカーの裾が捲り上げられ、山本の胸に熱が走る。すでに勃起した乳首を久米が口に含んだ。湿り気を帯びた舌の感触に、山本は思わず声を漏らす。  視界に映るのは、久米の睫毛と唇の動き。舌が乳首を一撫でするたびに、山本の目尻が熱くなる。  必死に呼吸を整えようとするが、背中に汗が滲み、肩が震える。だが、どうしても突き放せない。  この、胸元にいる図々しい頭を睨みつけて、ようやく一言だけ絞り出した。 「……お前、犬かよ」  久米は山本の首元に頬をすり寄せ、低く囁いた。 「……はい、山本さんの犬に……なりたいです」 「……まさか、する気か?」 山本の問いに、久米は一度だけ唇を重ねる。 深く、やわらかく、愛撫のように。 「……はい。ずっと、したかった」 山本はその言葉に目を伏せ、喉奥から微かに息を吐いた。 ――困ったガキだ。けど、ちゃんと見てやらないと、本気で踏み越えてくる。 そんなことを思いながら、山本はわずかに体をずらし、久米の肩を手で押す。 無理やり拒むわけでもなく、でも、今は流されるわけにもいかない。 「……なぁ、悠人。もう、いいだろ。俺の理性、そんなに強くないんだから」 久米はその声に耳を澄ませたが、動きを止めな い。 喉元に口づけを落としながら、低く囁く。 「……どこまでが“いい”か、言ってくれないと、分かりません」 山本の瞳が揺れた。 「……っ、お前……」 だがその拒絶に、怒りや拒否の色はない。 久米はそのままソファに山本の身体を押し倒し、片手で腰を引き寄せながら、もう一方の手で下腹部をなぞった。 パーカーの中、生地越しに触れた山本の下半身は、すでに形ができていた。 「やっぱり……元気なんですね」 「……ッ、うるさい……っ」 山本は目を背け、久米の胸を押そうとした―― だが、逆にその手を取られ、指を絡められる。まるで恋人みたいに。 「……山本さん、俺、ちゃんとしますから」 久米の声音には、ふざけた色がない。 ただ静かに、熱を持っていて。 本気で触れて、本気で欲しがっていることが、伝わってくる。 その熱に、ほんの一瞬だけ身を委ねたあと――山本はふっと目を伏せ、小さく鼻を鳴らした。 「……調子に乗るな、バカ」 そう呟いてから、上体を起こし、パーカーの裾を直す。 目線を合わせないまま、まるで逃げるように、口を開いた。 「……ここ数日でエイス製作所について調べた。小規模で古いが、確かに職人仕事だ。――MOQ(最小発注数量)を抑えられるかは、お前の腕にかかってる」 「……分かってます。設備は古いけど、不良率に関しては、対応可能だと見てます」  今、唯一の選択肢だ。  久米はもう冗談を言う気配もなく、静かに返したあと、半分目を伏せ、思案するような顔をしていた。  山本はようやく息を吐き、立ち上がってキッチンに向かった。洗い物の残るシンクを見つめながら、自分の乳首が未だに火照っているのを意識して、軽く舌打ちする。  このクソガキ、バカだと思ってたけど……本性、隠すのうまいじゃねぇか。  というか、こんなことしておいて、すぐ仕事モードに戻れるって何なんだよ。  水道の蛇口を捻ろうとしたとき、ふと顔を上げると、久米の視線とぶつかった。  慌てて目を逸らし、床に滑り落ちた久米は、ローテーブルのノートパソコンを開き、明日のエイス製作所のサブ案を打ち始めていた。  山本は静かに笑みを漏らした。  ……やっぱり、こいつもまだまだだな。 ※なんで山本は帰らないのか問題 久米「……なんでずっとここにいるんですか? 山本さん、家あるでしょ。」 山本「……仕事の情報が一番早く手に入る場所だから。」 久米「はあ? それだけですか?」 山本(カップに口をつけながら)「他にもあるけど、それを聞いて嬉しくなるタイプ?」 久米「……言ってくれないと分かりませんけど?」 山本(くす、と笑ってソファに座る)「……じゃあ、もうちょっと甘えてみれば?」 久米「え、なにそれ……条件付き?」 山本「甘えられたら弱いタイプだからな、俺」 久米「……じゃあ、膝枕してもらってもいいですか?」 山本「甘えるって、そういう意味か?」 久米「そういう意味ですけど?」 山本(片眉を上げて)「……朝から面倒なやつだな」 久米(小声で)「じゃあ夜にします……」 山本「……ちゃんと報告しろよ、仕事の進捗」 久米(ちょっとだけ赤くなって)「はいはい……」 ✨️遅くなっちゃいました!ごめんなさい!!

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