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第48話 汚して、触れて、甘えて

 山本は久米の手を外し、ゆっくりと振り返って、彼の黒いシャツのボタンに指をかけた。  一つひとつ外していきながら、静かに言った。 「……この数日、いろいろとお世話になった。日曜はちゃんと休んで、月曜の会議は――」  その続きは、久米の唇に塞がれた。  山本の眉がぴくりと動いたが、拒まなかった。ただ、外したばかりのボタンが、指の間で揺れている。  酒の匂いと熱が入り混じる口づけに、背中の洗濯機が小さく揺れる。上に置かれた小瓶が床に転がり落ちる音がした。  久米が唇を離すと、山本の目がゆっくりと開かれる。再び唇を奪うように、久米が身を寄せた。  その高さに合わせるように、山本は顎を上げ、肩口のシャツを掴む指に、自然と力がこもる。  心臓の鼓動が加速し、唇と唇の隙間に微かな喘ぎが混ざる。  久米の指が山本の腰に伸び、ベルトのバックルを外そうとした。  ――それは、予想の範囲外だった。  一瞬、脳裏に警鐘が鳴ったが、拒む言葉は喉の奥で溶けていった。 「……待って、やめ――」  言葉の途中で、また唇が塞がれる。  ベルトが緩む音とともに、ズボンが腿のあたりまで落ちた。下着越しに触れた久米の指先が、山本の敏感な部分をなぞる。 「……だめ、っすか」  額を寄せるようにして、久米が低く囁く。  その声は、ほんの少し震えていた。 「今日終わったら、また俺、一人の家に戻るから……」 「……なんか、寂しいんです」  鼻先をすり合わせながら、久米が切なげに言う。  山本は唇を噛みしめ、声を出さずに耐えていた。  けれど、久米の指が下着の中に差し込まれ、熱を帯びたものを外へ引き出すと、まつげがぴくりと震え、目を閉じた。  唇から顎、耳元へと落ちる口づけ。耳たぶに絡む舌先と、ふっとかかる呼吸。 「……あ」  指先が性器の縁をなぞると、思わず口が開いてしまう。  それでも最後の拒絶のように、山本は久米の肘を押すが、久米はその手を取り、ゆっくりと擦り始める。  山本の体は、ずるずると崩れていきそうになる。けれど久米は支えず、逆に手の動きを速めた。 「……や、出……っ、くる、バカ……っ」 「出しちゃえばいいじゃないですか」  久米の手は止まらない。山本の震えが頂点に近づいているのを、肌の感触で理解していた。  熱く、粘る液体が指の間を濡らす。山本の体はびくびくと震え、小さく開かれた唇からは抑えた吐息が漏れる。 「……服、汚しちゃいましたね、山本さん」 「……バカ」  久米の唇が山本の目尻にそっと触れ、ざらりとした声で囁いた。 「汚れたなら、脱げばいいんです」 「……は?」  山本は目を開けたが、久米の熱い視線に頬が紅く染まる。久米はゆっくりと自分のベルトを外し、下に引き下ろすと――すでに膨らみ、ピンピンしていたものが顔を覗かせた。 「お前――」  山本が言葉を終える前に、久米は彼の手を取って自分の熱い場所に置いた。驚いた山本の瞳の奥で、久米は眉をわずかに潜め、普段仕事でミスをした時のような口調で呟く。 「……見るだけでもいいから……ちょっと、触れてくれませんか」  山本は動揺を隠せなかった。  その小刻みに瞬く、まるで子犬のような目に抗えず、顔をそむけたものの、指は久米の先端にそっと触れ、軽く弄った。  静かな空間の中、久米の息遣いは徐々に荒くなり、山本には唾を飲み込む音まで聞こえた。指先から伝わる熱さは、握ればすぐに離したくなるほどだ。 「山本さんの指……冷たいな」久米は肩の力を抜き、顎を山本の肩に軽く乗せて囁いた。 「……黙れ」 「へへ……かわいいな」  久米が山本の首筋に擦り寄ってそう言うと、体が震えた。山本は眉をひそめて久米のそれを強く握りしめる。 「誰がかわいいって?」  命の根をぎゅっと握られ、久米は慌てて体を起こして頭を振った。 「お、おれだってば!!」そう言ってから、山本の頬にそっと唇を落とし、懇願するように囁いた。 「…優しく、してください…」 「……」山本は目を上げて久米を見つめ、大きく息を吐いた。 「もっと近くに来い」  久米は少し驚いたが、背を少し丸めて山本の顔に近づく。 「もっと」 「……こう?」 「もう少し」  久米が山本の鼻先に触れそうになった時、山本は静かに目を閉じ、顔を上げて唇を重ねた。久米が目を閉じるとき、あの言葉「かわいいな」が頭をよぎったが、今回は口に出さず、胸の奥で甘く響いた。  山本の手は時折揉み、時折力を抜きながら、壊れやすいものを扱うように大事にしている。久米の鼻先から吐息が微酔と情欲の間を揺れ動き、彼は手を伸ばして山本の後頭部をしっかりと抱え、柔らかな髪を指の間に絡めた。  もっと――もっと欲しい。たとえこんなに強く口づけをすれば山本の呼吸を奪ってしまっても、決して離したくなかった。  狭い出口から熱い波が押し寄せ、白い滴は山本のシャツの裾に落ち、滑り落ちて彼のなめらかな腿の間に流れた。  久米はようやく山本の唇を離し、酸素を取り込む山本は荒い呼吸をする。赤く染まった頬を見て、久米は手を伸ばし、優しく揉みながら言った。 「これでお互いの服も汚れました...」 「お前……ほんと、バカだな」  山本は顔をそむけ、久米の手のひらの間に隠した。長いまつ毛が手の甲に当たって、くすぐったい。  久米は手を下ろし、山本のシャツのボタンを外し始めた。山本は驚き、手を掴んで言った。 「何もしないって言っただろ?」 「……服が汚れたら脱ぐしかないだろ」久米は不思議そうに言う。 「脱いで何するんだ?」 「お風呂だよ」久米はにっこり笑い、 「明日映画に行くんだろ?」  山本は襟を久米の手から引き戻し、背を向けて隣の浴室の扉を開けて言った。 「自分で洗う」 「はいはい、じゃあ僕はこっち片づけときますから」  久米は床に落ちた二人の近さで崩れた瓶や、洗濯機の上でまだ垂れている粘り気のある液体を指差し、申し訳なさそうに言った。  山本はちらりと見て、 「当たり前だろ」と言い残し、浴室に入り扉を閉めた。  

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