13 / 38
第13話 強襲
風の唸る音が聞こえる。ステュクスを出発して一週間。予定日まで残り約4日。俺達は人里離れた小屋に辿り着いた。
師匠達はまだステュクスを離れられなくて、ユキさんとお兄ちゃんだけがついてきた。カナさんがついてきたがってたけどヒトハを放置するわけにいかない。で、いざってときの為に医者は必要。だからカナさんが留守番でユキさんが一緒。
お兄ちゃんはここに来てからずっとアサギの手を握って殆んど動かない。ユキさんがちょっと休んだら?って言ったけど頑なに拒否してずっと。
正直俺もアサギの側を離れたくなかったから必然的にお兄ちゃんと一緒にいる時間が増えてしまった。空気読んで外に出ろって?絶対ヤだし。それにお兄ちゃんもいていいって言ってくれたし。
「アサギが……、お兄ちゃんは竪琴が得意って言ってたけど」
「得意、という程ではないよ」
お兄ちゃんはアサギの頭を慈しむように撫でて微笑む。
ああ、やっぱ兄弟。微笑み方がそっくりだ。
「センティス1、って自慢してたよ」
あの満面の笑みをもう1回見たい。
「この子は私の演奏しか聞いたことがないから……」
「それでもきっとアサギにとってはお兄ちゃんが一番なんだよ。だってホントに嬉しそうだったもん」
可愛かったよ、あの時のアサギ。本当にお兄ちゃん大好きなんだね、ってすっごい伝わったし。もう見れないのかなぁ。
「……竪琴あったら弾いてもらったのになぁ。もしかしたらアサギに聞こえるかも知んないしさ」
そしたら目を覚ますかも知れない。このまま諦めるのは嫌だ。決意を込めてキュッ、と拳を握ったらお兄ちゃんが小さく笑った。
「アサギが貴方を大切な人だと言う気持ちが少しだけわかるよ」
ちょっとだけ昔のカナトに似てる、って喜んでいいのか微妙な評価を貰ってしまいました。
「外を知らないこの子がアティベンティスでうまくやれるか、本当は少し不安だったのだけど……」
最初に絡まれてたあの時出会えなかったら、きっと今頃センティスと同じ境遇になってたよ。それもお兄ちゃん、っていう支えのない状態で。
「見つけてくれてたのが貴方で良かった」
「……うん、俺もアサギに出会えて良かったって思うよ」
あの時あの場所を通りかかってホントに良かった。てゆーかもう運命的じゃね?お兄ちゃんは俺の答えに微笑んで後は何も言わずにアサギの手を握った。
予定日より2日早い今朝。夢見が悪くて目が覚めた。お兄ちゃんはアサギの手を握ったままベッドに突っ伏してて、肩からずり落ちそうな毛布を直そうと手を伸ばした時。
「……アサギ……?」
ふと呼吸音に違和感を感じてアサギを見下ろす。
「……アサギッ!!」
額に玉のような汗が浮き出て、微かに眉が寄ってる。口から溢れる呼吸もどこか苦しげだ。俺の叫びにお兄ちゃんがビクリと跳ね起き、慌ただしく扉がいてユキさんが飛び込んできた。後ろにケイとセンがくっついてきてる。
「……ユキさん」
アサギの汗を拭ってやりながら状態を診てたユキさんはやがて固い声で告げた。
「……陣痛が始まってる」
「!」
「心配だろうけどリツは少し離れといてくれるかな」
そうだ、産まれるのは魔獣の子供。アサギから産まれるとは言え、アサギに植え付けられただけの魔物。何かこう……お産現場にありがちなソワソワ感はユキさんの台詞で吹っ飛ぶ。
そうだよ、俺達はこの魔獣を殺す為にここにいるんだから。
「俺、出てくるまで手握っててもいい?」
「いいよ」
本来その役目はお兄ちゃんにやってもらうべきだと思うけど万が一を考えたら側にいない方がいい。だってこれでお兄ちゃんに何かあったらきっとアサギは自分を責める。お兄ちゃんもそう思ったのか素直にケイの後ろに下がった。
最近は握り返してくれなかった手は今俺の手を握り締めてる。骨が軋むってこれか!ってくらいの握り締める力の強さに耐えてたら。
はあ……っ、と大きく息を吐いた後
「ん……っ」
って小さな声が。
え?あれ??今のまさかアサギの声?
「お兄ちゃんお兄ちゃん!まさかアサギ、声出る?」
アサギの魔力は声に宿るって言ってた。こんな時に魔力暴走!とかになったら困るぞ……?
お兄ちゃんも忘れてたみたいで一瞬ハッとしたけど、でもすぐ首を振った。
「今は多分魔力開放はできないよ」
魔力が声に宿る、とは言っても本来は声に魔力を乗せなければ発動しないらしい。センティスの部屋にいる間は特殊な電波で声を出したら無理矢理魔力も出るようになってたらしいけど。
あれかな、俺が魔弾使うのに集中力がいる、みたいなのと同じかな。そういやお兄ちゃんの魔力は目に宿ってる割りに目を見ても平気だもんな。
「ぅ、……い、た……」
初めて聞くアサギの声。予想通り澄んだきれいな声……だと思うのに今は苦しそうに掠れてる。こんな声が聞きたかったわけじゃないのに。
「ソラ、汗拭ってやって」
空いた片手で汗を拭って骨を砕きそうな力で握り締めてくるアサギの手の甲に唇を押し付けて。
「大丈夫だから、アサギ。ここにいるから」
はっ、はっ、と間隔の短い呼吸をしてるアサギに呼び掛ける。
「……っ師匠、来た」
足側にいたセンが一瞬息を飲んでユキさんは頷く。ケイは無言でお兄ちゃんの前に立ちふさがってるだけ。医学に精通してない俺達に口を出せることなんかないし。
「ん、く……っ」
すんません、俺まで息詰めちゃうんですけど!
あれだよね、こんな時に……ホントにこんな時に空気読めよ!って感じたけどでもね!出産を見守るお父さんはこんな気分なのか……!?
つっても本来アサギから産まれる筈ないものが産まれてくるんだ。そろそろ本腰入れて構えなきゃな。これ以上アサギが傷付かないで済むように。
「構えて、来るよ」
ユキさんの厳しい声にケイ達が武器を構える。俺も片手で銃を構えた。
だけど。不意にユキさんが俺達を止めた。
「何?」
「……ちょっと待って」
俺からは全く見えないけどどうやら魔獣の頭が出てきてる、らしい。でも何だか様子が変。アサギはまだ苦しげに喘ぐような息を漏らしてるから、完全には出てきてないと思う。
「……く、あ……っ!!」
本来なら途中絶叫もんだったんじゃないかと思うけど、ってか喋らないアサギが声を洩らすくらいしんどかった魔獣の排出は――やっぱ出産なんて言ってやんねえ――、ユキさんの表情とアサギから力が抜けたことでわかった。
なのにケイもセンも動かない。不思議に思ってたらユキさんが出てきた魔獣をタオルでくるんでセンに渡した。それから無言で素早くアサギの処置に入ってしまって俺一人状況から置いてけぼりだ。
何なの、何が起きたの??
「あの、どゆこと?」
「……死んでる」
短く答えたのはセン。魔獣はどうやら腹の中で死んでしまっていたらしい。良かった、って言うのは憚られてなんとも言えない重い空気が落ちる。
俺達はこの魔獣を殺すつもりだったのに、死んで出てきたって聞いて同情するとか何様?って感じだけど。
「……アサギの容態は落ち着いてる。この子は大丈夫だよ」
処置の邪魔にならないように少し離れて、センの腕の中にいるその生き物を見る。お兄ちゃんから聞いた最初に生まれた子と同じ、爬虫類みたいな小さな塊だ。
「……ドラゴンっぽいね」
古の魔物だ。と、いうより架空の魔物だと思う。ドラゴンの骨が出たことなんかないし。ヒトハが実在したくらいだから探せばいるかも知んないけどさ。
でもこの子はどう見てもドラゴンみたいな……。
「ね、でもこの子の前の子は生きてるんでしょ……?」
センの言葉が少し震える。
「……ドラゴンっつったら伝説では剣も魔法も効かない最強の魔物だぞ」
ケイも震えはしないけど少し後ろ向き発言。そう、その伝説では数多の勇者が挑み破れた最強の魔物。固い鱗に守られ剣も魔法も通さない。無敵のモンスター。
「や、でも……ほら。姿形が似てるだけかも知んないしね?」
そうじゃない事は何となく全員が察した。
ステュクスに戻る道すがら魔獣の子を見晴らしのいい場所に埋めてやって。あれだけ声出てたからもしかしてって思ったアサギの心は戻らなくて。師匠達のとこに帰って報告も済ませて漸く一息ついた。
ぼんやり宙を見つめてるアサギの頭を撫でる。
ユキさんが言うには、本来なら宿す筈のないものを宿した体には大分負担がかかってて、もし次また同じことがあったらその時は……アサギの命は保証できない、らしい。こんな事でアサギを失うなんて絶対嫌だ。
「……ねえ、どんなアサギでも大好きだよ。だから早く帰ってきてね」
言いながら頭元に頬杖をついてお人形さんみたいな顔を見つめる。
あー、アサギのいい匂いがするー。なんてゆーか、フワフワ?甘々?甘いの苦手だけど……アサギの甘さは食べちゃいたいって感じで……。
って思ったらうっかりキスしてた。
「てめぇソラぁぁぁッ!!」
「うわぁぁぁ!?」
誰もいなかった筈の背後から襲ってきた殺気と怒声に飛び上がる。
「アッ君の寝込み襲う気かこの変態が!」
「違います違います誤解です!」
いくら俺が強い子でも、杖の先でグリグリ頬を抉るように突いてこられたら涙目にもなるよ!
「それともあれか?眠り姫の王子気取りか?ふざけんな変態が!」
「気取ってません気取ってませんから!お願いやめて、頬に穴が開く!」
「いっそ開けてやろうかこの変態!」
「ごめんなさいぃぃ!」
「その辺にしとけ、セン。杖が汚れる」
「そうだね」
「ひっど!今日こそ泣くよ俺!?」
「鳴かせてやろうか?」
「何か微妙にニュアンス違う!やめろ気持ち悪い!!」
俺の後ろはアサギにあげる事になってるんだから!いや、そんな勇気ないけど!!
「賑やかだね」
クスクス笑う声がしたかと思ったらお兄ちゃんが戸口で笑ってた。後ろには呆れ顔のカナさん。
良かった、お兄ちゃんもだいぶ元気になってきたみたい。ここに戻るまで結構元気なかったから心配だったんだよね。やっぱカナさんの側だと安心するのかな。
そのお兄ちゃんは手に竪琴を握ってる。膝に乗せて弾ける小型のやつだ。
「あ、もしかして弾いてくれるの?」
「貴方の言う通り、少しでも可能性があるなら試してみようかと思って」
初めて聞くお兄ちゃんの演奏は見事なもんだった。お兄ちゃんは謙遜してたけど手放しで絶賛したいくらい。それはカナさんを信じて待つ為、皇帝に取り入る手段の1つだったって言ってたけどそれでもその旋律は優しくて癒される。
アサギにも届くかな。届いてるよね、きっと。帰ってくるの待ってるからね。
なんてちょっと一仕事終えた感を醸し出してた俺達の所に飛び込んできたのは師匠の手伝いに戻ってたユキさん。いつも穏やかで落ち着いてるユキさんがドア蹴り開けた事に衝撃を受けたけど、それくらい大事件が起きたってことか?
「センティス軍だ……!!」
それを聞いて一瞬頭が考えることを拒否した。
センティス軍って何だっけ、新種のおやつ?
「逃避すんな!」
「痛い!!」
ケイに全力で叩かれて我に返る。
センティス軍って……センティス軍?嘘だろ、何で!?どゆこと!?
「……お前達はここで二人を守れ」
カナさんが言って、お兄ちゃんを振り返る。お兄ちゃんの手がカナさんの服を掴んでたからだ。目が合って慌てて放したけど、カナさんは一瞬迷うような間を開けて触れるだけのキス。
おぉぉぉ、何かラブラブ!でも気を付けろ、若干死亡フラグ抵触気味だよ。この戦いが終わったら結婚するんだ、とか言い出したら終わりだ。あとやたら好戦的なやつとかね、俺一人で余裕とか言い出したらヤバイよね。あとはこれが終わったら一緒に飲もうぜ、とかも割りとね。
動揺のあまり死亡フラグのあれこれ、とか浮かべちゃったけどそんな場合じゃなくね?2つを繋ぐ装置はもうない。新たに作る事が出来なかったから今までステュクス以外に装置を置けなかったのに。
装置は完全に沈黙してた。魔獣が来たとき念入りに調べたんだ。なのにセンティス軍はどこから現れた?
「雑念は捨てとけ」
ケイに言われて頷く。
そうだよね、考えたって仕方ない事は置いておこう。センティス軍の狙いは……ヒトハかな?世界の中枢を担う燃料代わりのヒトハがごっそり消えたらセンティスは困るだろうし。
知ったこっちゃないけど。とりあえず俺はこの二人を渡さないように頑張ろう。
◇
無尽蔵、と言うわけではないだろうがそう感じるほどにセンティス軍は多かった。ステュクス正規軍半数がヒトハ移動の護衛についていて、正直かなり分が悪い。アヤヒトは物見台からザッと敵の布陣を確認し緊急の作戦室へと戻った。
指揮を執るのはステュクス都市代表者 の長男サカキだ。ラーナである父親は一般市民を守る為可能な限りを都市内部へと避難させ、そちらの対応を行っている。
「相手の声明は届きましたか」
「ヒトハを返せ、とセンティスに不法に入国した者を出せ、だそうで」
サカキは肩を竦めて不法入国の指揮を執った男を見上げた。
「自分達も不法入国してるのに棚上げか」
「言っても無駄だ。向こうはこっちがしたからやり返したって言うよ」
フン、と鼻を鳴らすアヤヒトにユキヤが返した所で息を切らせたカナトが現れアヤヒトは軽く目を見瞠る。
「側にいなくていいのか?」
「追い返さないと安心できねえだろうが」
「確かにな。ただ状況はかなり厄介だ」
何故、など愚問。アティベンティスは未だ剣と魔法の世界。対するセンティスは核を嵌め込んだ武器を重視した科学の世界。言ってみれば原生人類と新人類程の差がある。
「でも魔弾って事は魔法障壁が有効って事だろ?」
「わからない。例え有効だったとしてもどこまで持ちこたえられるかも不明だ」
作戦室が嫌な沈黙に支配された瞬間それは起きた。腹を震わせる爆音。何事かと外へ出れば街中より少し外れた位置から黒煙が上がっている。
「……おいおい、ありゃアジトの方角じゃねえか……」
ともだちにシェアしよう!

