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第15話 センティス王家
「まさか向こうの軍隊が丸々陽動だとはなぁ」
「向こうは向こうで本来の目的のまま動いている」
「ヒトハ奪取か?」
「……」
カナさんと一触即発な雰囲気を醸し出してるカツキから胡散臭い笑みは消えない。それが何だか嫌な感じだ。何か隠し持ってる、そんな気がしてちょっと怖い。
「……お前の目的はその子か?」
「答える義理はない、と言いたいところだが隠す必要もないね。アサギだけじゃなく、リツも返してもらおうか」
「二人はお前の“物”じゃない」
俺の心の叫びが出ちゃったのかと思ったらそう言ったのはカナさんだった。しかしカツキはそれには答えずふと笑って言った。
「ところで“兄上”。まさか生きてたとはね。正直驚いたよ」
「……は?」
俺はまだ治療が終わってなくてセンに抱き起こされた状態で、思わず間抜けな声を発する。
いや、だって。兄上?誰が?カナさんが!?何で!?その事実は誰も知らなかったらしくてお兄ちゃんも驚愕と呼ぶべき表情を浮かべてる。
え、てゆーかちょっと待ってよ!カナさんはお兄ちゃんと出会った時新米兵士だったんでしょ?皇太子はカツキで!しかもしかも城内守ってたんでしょ!?カツキの兄上だってゆーなら、周りがカナさんに気付かないわけなくない!?
「……良く言う。俺達を追い出した略奪者が」
「より力の強い者が地位を得るのは自然の摂理ではないかな?」
兄弟?は火花を散らし合う。
最初に動いたのはカツキ。お兄ちゃんが放った業火の数倍以上とも言える焔の塊がカナさんに襲いかかる。
「カナさん……!!」
いやいや、おかしくね!?いくらお兄ちゃんが万全じゃないとは言えヒトハの魔法より威力が上とか!しかもそれを止めるカナさんとか!!
「流石は純血、って言うべきか?」
「混じり物の血でこれを受け止めるのも流石、とは思うよ」
いやぁぁ!もう意味わかんない!どういう事!?誰か説明してくれ!!ケイ達も展開についてこれてないから、これは俺の頭が悪いとかそういう問題じゃないよね!ホントに意味わかんないよね!
「カナト……?」
お兄ちゃんが不安げな声を出す。
「……真実を知りたいかい、リツ?」
「真実……?」
お兄ちゃんの答えなんか聞くつもりもないカツキは返事も聞かず右の手袋を落とした。
「……え!?」
異口同音の声。
だってカツキが掲げた右手の甲には一葉の模様。それはヒトハの印だろ!?何でカツキについてんの!?あぁぁぁ、もうびっくりするとこ多すぎ!何だよこれ!!
「どういう、事……?」
皆の心を代弁したのはお兄ちゃん。視線はカツキじゃなくてカナさんに向いてる。カナさんは一度口を開いて、閉じる。お兄ちゃんの視線から逃れるみたいに目を逸らすカナさんをカツキは愉しそうに見て、言った。
「センティス王家は代々ヒトハなんだよ」
「……どういう……事」
そうだよね、それしか言えないよね。てゆーか言えるだけ凄いよ。俺今ぽかーん、だもん。
「創世時代、ヒトハはアティベンティス人を救う為センティスを繋げた」
アティベンティスは何らかの要因で滅ぶ間際だったという。しかし、アティベンティスに訪れる筈の破滅は無理矢理センティスという世界を繋げた事で好転し、結果アティベンティスはセンティスという新たな土地を手に入れた。
そしてヒトハは自らが作ったセンティスへ移住。だがアティベンティスの人間はヒトハの力を恐れた。世界を繋げるほどの力を持つその種族が自分達に牙を剥いたら、と。元々ヒトハは好戦的な種族ではなかった。彼らは攻めこんで来たアティベンティス人に抵抗することなく、ただ滅びを受け入れた。
それを良しとしなかったのが現センティス王家の先祖である。救おうとした相手に逆に牙を剥かれ、さらにそれを受け入れた一族に反発した一部のヒトハは新たな勢力を立ち上げた。長い年月の間にその事実は隠蔽され、今のセンティスが出来上がったのだ。王に絶対服従の、本来同族であるヒトハを奴隷としたセンティスという国が。
って、カツキが何だかそんな感じの事をツラツラ話してくれてる間に俺復活。でも多分顔は復活してないよね、ぽかーん、のままだよねこれ。
「純血、って言ったか」
真っ先に我に返ったのは流石と言うべきか、ケイだった。流石ぁ!なんて俺が言ったらウザイってしばかれるだろうけど。
「センティス王家は10歳まで子供を秘匿する」
答えたのはカナさん。
「俺が10歳になる前に……カツキの母親が現れた」
純血のヒトハである母親。そしてその連れ子もまた純血。当時既に神の宝物庫の情報を集めていた皇帝に狡猾に取り入ったカツキ母子は、カナさん母子を蹴落とし后の座と皇太子の座を手に入れた。
その理由はわかんないけど奴隷として暮らしたくない、とかそんなんだったのかもしれない。カツキもカナさんも理由は言わないから謎だけど。
その時カナさん母子は暗殺された。っつってもカナさんはギリギリ一命を取り止めたから今ここにいるわけで。
そんで何としても母親の仇を討ちたかったカナさんは一人身分を偽って城に潜入。ただの新米兵士が王族に会えるわけないし、潜入自体は楽だったんだって。
カツキはそれを聞いても笑ってるだけだ。
「……純血……なら、何故……」
小さな声はお兄ちゃんの口から漏れた。
「純血だったならば何故私達を捕らえたのですか!?」
抱いて当然の問いにカツキは笑う。
「何が起こるかわからないのに、何故自分の身を差し出さないといけないんだい?」
「……っ!神の宝物を欲しがってるのは貴方達だ!」
「そうだよ、だから俺の身に何かあったらどうする?」
違う、これはこいつの本音じゃない。クスクス笑う、その眼はもっと深い闇を抱えてる。
「本音言えよ、皇子様。建前なんか傭兵の前で使うもんじゃねぇぞ。挙げ足とられるからな」
カツキは俺を見て笑みを深くした。ゾッとするような酷薄な笑い方だ。
「そうだね、本音を言おうか。……じゃなきゃ面白くないだろう?」
面白くないだろう、って言った。それって……。
「面白いからアサギ達を捕まえたって事……?」
「ああそうだ。自由を奪い、思想を奪い、ありとあらゆる恥辱を尽くして……」
そして新たな生物兵器の実験まで行って?
「俺は言った筈だよ。代わりならいる、と」
なのに耐え続ける姿はとても愉快だった、なんて。
「それ、だけで……っ!」
「その愚かさも愛着が持てたけれどね?耐え続けるのならそれに越したことはない。俺は、別に宝物などどうでもいいんだよ」
ただ退屈な日々を楽しませてくれるだけでいい、とカツキは笑う。
この男は本当にアサギ達を玩具としか思ってない。お兄ちゃんは怒りと悔しさのあまりボロボロ涙を溢してる。そうだよね、カツキのお遊びに付き合わされてアサギとお兄ちゃんがどれだけ傷付いたのか。いや、お兄ちゃんは皇帝のお気に入りだったって言うからやっぱアサギが主な被害者か。
とりあえずコイツは一度泣かせないと気がすまん。
「さて、話しは終わりにしよう。父上のご機嫌をとらないといけなくてね」
ヒトハを奪われ、とゆーよりリツを奪われ怒り心頭なのだとか。
「そんなもん知るかよ。ヒトハは家畜でも道具でもない。お前らの好きにしていい道理はないぜ皇子様」
「それこそ俺の知ったことではないな。ヒトハが家畜以下なのは俺が推進した事ではない。お前は昨日まで家畜だった豚を今日から友と呼べるのか?」
……言葉を話せたら呼べるかも知れん。
「屁理屈を真面目に考えんなバカ」
思わず言葉を喋るブーちゃんを想像して、意外に可愛いかも……とか真剣に考えた俺の頭を力いっぱい叩いたのはやっぱりケイだ。
「……昨日まで家畜だった豚を恋人には出来るか?」
「……く……っ、恋人か……っ!それは手順踏んでみないと……」
「言い直すなよ!てゆーかお前もノるな!!」
ハッ!しまった、カツキのペースに乗せられてるよ俺!ケイの突っ込み入らなかったら結構真剣に考えちゃってたよ!でもアサギがブーちゃんになっちゃっても愛せる自信はあるけどな!
「お前いい加減にしろ……っ」
「いだだだだ!耳もげる!耳もげちゃう!やめて、ケイ!!あと心読まないで!」
あ!カナさんの目が生暖かい!カツキは唇に曲げた指を当ててクスリと笑った。ついでに、ふぅん……、なんて意味深な頷き。
「お前は面白いな。持って帰って遊んでやろうか」
ひぃぃぃ!?何か興味持たれた!?
「断固拒否する!そもそもヒトハを家畜扱いするようなバカと仲良くなれるか!」
「そうか、……なら今遊んでやろう」
「……っ!?」
視界からカツキが消えて反射的に構えた刃が金属音をたてた。目では追えなかったけど俺の刃はカツキの剣を受け止めてる。
「いきなり、とか……!さっきから卑怯じゃね……!?」
「戦いの場に於いて卑怯も何もないだろう?」
うん、ソウダネ。
「離れろッ!!」
思わず納得した俺の背後からセンの放った火炎が飛んできて転がって避けた所にカナさんが放ったらしき氷が。
「待て待て待て!お前ら俺を殺す気かぁ!!」
狙ってるの!?まさかみんな俺を狙ってるの!?
「死にたくなきゃさっさと退けッ!!」
ケイが横凪ぎにはらった刃を避けたカツキの掌に、真っ黒い塊が出来上がってる。
「調教し甲斐はありそうだけどね。煩い犬はいらないな」
U^ェ^U……いや、違う!こんな余裕かましてる場合じゃねえし俺!
だってカツキは斬り込んでくるカナさんとケイをスルー、魔法を撃ち続けるセンもスルー。その掌の塊を、俺に向けたんだから。
センとカナさんが魔法障壁を張ってくれた……にも関わらず。それにはあっという間にヒビが入って凶悪なまでの魔力が間近に迫る。
「ソラ……ッ!!」
何で俺ばっか狙うんだ!さっきも刺されたし!なんて文句言う余裕ない。
(熱い、ヤバイ、死ぬかも……ッ!!)
せめて最後にもう1回アサギの笑顔が見たかった!
衝撃でぶっ飛んで視界が真っ暗になった。
「……、……ッ!!ソラ!!ソラ……ッ!!」
……あれぇ、ここ何?天国ー?
背中に感じる柔らかい感触。上から覗き込んでるのはアサギ。臨死体験……?
あぁ、でもいいや。死ぬ前にアサギの声聞けた。ホントに聞きたかったのはもっと明るい声だけど。あんな無理矢理苦しい思いさせられて出た声じゃないからいいよね。冥土の土産に持っていこう。
「アサギ、好きだよ。助けてあげられなくてゴメンね……」
見下ろしてくる琥珀がみるみる潤んでく。溢れそうなその涙を拭って微笑んだ……ところに強烈な肘落としが炸裂した。
「グハァッ!!?」
「よぉ、目が覚めたかダメ人間」
「ゴフッ、ゲフッ!……その言い方……っ、俺生きて……っ、いやでもちょ……待っ、これ今死ぬ……!永眠する……ッ!!」
痛いよ痛いよ!内臓出ちゃいそうだよ~!!おかぁさーん!
「苛めちゃダメ、です!」
ぷぅ、と頬を膨らませたアサギが痛みに悶える俺にしがみついて……ってゆーか天使か……ッ!!天使が降臨したのか……!?可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い!!
「……とりあえずもう一発いっとく?」
「息の根止めよう。腹立つから」
センがグッと拳を握る横でケイも指をバキバキ鳴らしてる。満面の笑みが怖いんですけど!
「ちょっと待って!!何で!?可愛いって思うのも罪なの!?」
もう心読まないで、とか言うのもめんどくさい!
「お前の存在自体が罪」
「うん。だから消そう」
「酷くない!?ね、アサギ!酷いよね!?」
「酷いです!苛めちゃダメです!」
どうやら俺はベッドに寝かされてたようで背中に感じた柔らかい感触はそれだったみたい。雲の上にでもいるのかと。体を起こした俺にひしっとしがみついたアサギはまだ膨れっ面だ。
可愛いって!可愛いすぎるってぇー!ナデナデしたい!ほっぺハムハムしたい!!
「……アッ君、もう苛めないからあっちでプリン食べようか」
「!」
パァァ、ってお花飛ばしたアサギがセンの伸ばした手を掴む。
「待っムグ……」
待って行かないでー!って台詞はケイの腕に阻止された。しかも満面の笑みなのがホントに怖いんですけど!!
尻尾があったなら確実に高速でフリフリしてただろうなぁ、って後ろ姿を見送って。そろーり、と視線を上げる。
「サーセン、ケイ君。あの、何が起きたんですか」
とりあえずぶっ飛んでる間何が起きたのか知りたい。カツキはどうしたのか、何でアサギが起きてるのか。
「……良かったな、愛されてて」
「…………ケイ君熱でもあるの?グフッ!!!?」
く、お前……っ!腹はヤメロ、腹は……!!
「お前の危機に反応した。刺された辺りで意識が戻りかけて、カツキの攻撃で完全に目を覚ました」
てことはアレ受け止めたのアサギ?あんな凶悪な魔力の塊見たことない。正直本気でもうダメだと思った。
「……で、あの腹黒皇子様はどうしたんだよ?」
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