17 / 38

第17話 大好きな色

「いったぁぁ……!何も蹴らなくても良くない?」 「イブの尖った方で殴られたかったか?」 「それ殴るってゆーか斬れちゃうからね」 『キュゥゥ……』  俺達がそんな会話してる間に鼻先をペチッて叩かれたドラゴン(仮)がしょんぼりしてる。  …何てゆーか。想像してたのと全然違うぞ、こいつ。まるで子供っつーか、いや実際子供なんだ。おかあさん、おかあさん、って甘える子供。とてもじゃないけどこんなんが最強の魔物だとは思えない。 「無闇に人を攻撃してはダメですよ」 『キュィ!!』  何だかいい返事をしたドラゴン(仮)が窺うようにアサギを見つめる。あまえてもいい?もうあまえてもいい??なんて目が訴えてる。 「……甘えるのはいいけど、……ちょっと大きい……」  アサギが言うや否や――何故か通じあってるのはこの際置いておく――、ボンッて破裂したみたいな音をたててそいつはちっちゃくなった。小型犬程の大きさだ。便利だなお前!  でもこの大きさだと飛べないのか、頻りに翼をばたつかせるけど体は浮かない。あとさっきまでの鱗が嘘みたいにツルツルで柔らかそうだ。 『キュゥ!キュゥ!』  ドラゴン(仮)は抱っこ!ってせがむようにバタバタしてる。アサギはちょっと微笑んでそいつを抱き上げた。 『キュィィィ!キュゥ!キュゥ……』  胸元に擦り寄って甘えるドラゴン(仮)。若干嫉妬心芽生えそうなんですけど。 『キュ』  !?こ、こいつ今勝ち誇った!こっち見て絶対勝ち誇りやがった!ムカつく! 「何だ今の!ひっぱたくぞ!」 『キュィ、キュゥ』 「別にー!羨ましくないし!俺なんてこないだ逆に抱っこしたもんねー」 『キュ!キュゥゥ!フシュー!!』 「お前の手じゃ無理だ!」 「何で会話成り立ってんだお前ら」  アサギが通じ合うのはわかるけど、と言外にケイは呆れてる。いや、こいつが何言ってるかはわかんないけど俺の台詞に合わせて反応返してくるから……。とは言え、何となく表情的なのでわかるような……。 「てゆーか張り合うなよ」  カナさん、ごもっともです。だがしかし! 「最初にこいつが喧嘩売った!」 『キュ!?キュィ、キュゥ!フシュー!フーッ!!』 「嘘だ!そっちが先に売った!」 『ギャゥ!キュゥゥ!』  俺達がぎゃあぎゃあ言い合ってるのを、カナさんと俺の仲間達は呆れたように見てて、お兄ちゃんはクスクス笑ってる。アサギは?って顔見てギョっとした。 「え!?何、どうしたの!?」  大きな琥珀が盛大にうるうるしてて、声かけた拍子にポロっと落ちる。そのまま大粒の涙が後から後から流れて、止まらない。 「……っ」  あわわ、どうしよう、マジ泣きだマジ泣き!俺か?俺なのか!?俺何かやっちゃってたか!? 「アサギ……?」  直ぐ様お兄ちゃんが側に来てアサギの頬を両手で優しく挟んだ。 「アサギ、どうしたの?」 「ふ、ぅ……っ、兄、上ぇ……っ」 『キュィィィ……』  アサギは泣きながら下から心配そうに見上げるドラゴン(仮)をギュッ、と抱き締めた。 「兄上……っ、ひっ、う、ぼ、ぼく……、っく、……ごめ、なさ……ッ、こんなことしてる、場合じゃ……な、ないの、にぃ……」 「落ち着いてからでいいよ、アサギ」  お兄ちゃんに引き寄せられるまま胸に顔を埋めたアサギは益々激しく泣き出しちゃって。お兄ちゃんがヨシヨシって背中撫でて抱き締める。挟まれて苦しかったらしいドラ(仮)がモゾモゾ動いてアサギの肩からヒョコっと顔を出した。 『キュゥゥ……』  スリ、っと頬に擦り寄って流れる涙をペロペロ舐める。 「ごめ、……、ねぇ……っごめんねぇ……っ」  ……ドラ(仮)に謝ってるアサギに何となく涙の理由を察した気がして俺はお兄ちゃんを見た。お兄ちゃんも俺を見てて、多分同じこと考えた。 「アサギ……」  お兄ちゃんが腕を解くのと同時に呼びかけ一瞬ビクンと強張った体を後ろから抱き締める。 「向こうで待ってる」  言ったのはケイ、抱き締める俺にどこぞの殺し屋みたいな目をしつつとりあえず無言でいてくれるセン。お兄ちゃんがアサギの腕からジタバタするドラ(仮)を受け取って、カナさんがお兄ちゃんの肩を引き寄せる。俺達はひとまず建物の陰に移動して手頃な木の箱に座った。 「ソラぁ……っ」  座った途端ぎゅうぎゅう抱きつかれ、崩しかけたバランスを気合いで戻し抱き返す。 「いいよ、アサギ。ここにいるから、全部吐いちゃいな」  アサギが魔獣に襲われた時。守れなかった事もあの女の事も許せなくて、ぐちゃぐちゃになった俺にその感情を吐かせてくれたのはケイ達だった。  溜めてたら苦しいだけだ。全部受け止めるから、吐き出して。 「僕……、あの子を……殺そうとしました……っ。アティベンティスに……ソラ達に危害を加えるなら、あの子を産んでしまった僕に責任があると思って……っ」  あの子が降りてきた時に本当は殺そうとして近付いた。でも、出来なかった。全然止まる気配のない涙で肩辺りがじんわり濡れていくのがわかる。 「何で……っ、僕、あの子がすごく……っ」  すごく愛しいんです、って呟きに若干嫉妬はしたものの。 「ごめんなさい、ごめんなさい……僕は……っ」  あの子が愛しくて、殺せません。だからごめんなさい。例えあの子がアティベンティスに害をなす存在だとしても。そう言いながらボロボロ泣くアサギの頭を撫でる。 「……そういうモノじゃない?親子、みたいなもんなんだし」  あの子に言ったごめんね、は殺そうとしてごめんって意味。俺に言ったごめんなさい、は殺せなくてごめんなさいって意味。アサギの“愛しい”って思いはきっと心の防衛本能が主なんだろう。今はまだ。だって心を封じないといけないくらいの事だったのに、簡単に受け入れられるわけがない。  それでもアサギがあの子を受け入れる事で心を守ろうとするなら、俺もそんなアサギを受け入れてどっちも守るよ。  あの子はアティベンティスに害をなす存在。それがバレたら攻撃対象になるし、それでなくともドラゴンに酷似した容姿は魔物学者に目をつけられそう。 「……アサギはどうするつもりだったの?」 「……あの子を連れてどこか人のいない所に行こうと思いました。大きいあの子は止められないけど、小さなあの子なら……押さえておけると……」 「ねぇ、あのさ。あの子はそんなに悪い子かな」  涙に濡れた琥珀が不思議そうに俺を見上げる。 「あのサイズだったらとうに人間襲っててもいい筈だよ?でも俺達はここにいる間、ドラゴンの噂すら聞いたことない」  傭兵の、モンスターについての情報網は広い。魔物学者からの情報、傭兵が遭遇した時の情報、とにかく互いに命がかかってるから情報共有は基本だ。  なのにドラゴンなんてほぼ伝説のS級モンスターの情報なんか一切ない。それってつまりドラ(仮)はまだ誰も傷付けてないんじゃないかな。どこかに潜んでて、アサギの魔力に気付いて母恋しさに出てきたんじゃないかな。 「アサギの言うことにも素直だったしさ。アサギの……」  いいかな、言っても。傷付かないかな。いやすでに親子とか言っちゃってるけど。 「……アサギの子だもん。悪い子のわけないよ」  魔獣がどうなのかはおいといて。 「……僕が、気持ち悪くないですか……?」 「?どうして?」 「僕は……っ、魔獣の子を宿して……っ」  あ、やっぱり傷付けちゃった!? 「気持ち悪いなんて思ったことないよ!」 「嫌いになりませんか……?」 「なるわけないじゃん!大好きだよ」  それにね、本当は俺の方がアサギより酷い事した。だってアサギから生まれる二度目の子供、殺そうとしてたんだよ。あの子が生きて出てきてたらきっと迷わず殺してた。 (……ごめんね)  二度目の事を知らないアサギには直接謝れないけど。知らないアサギは食べちゃいたいくらい可愛く笑う。 「僕も大好きです、ソラ」  言ってからその表情が曇った。どうしたんだろ。 「……でも悪い子なのは僕の方です……」 「??何で?」 「僕はただ、ソラに嫌われたくなかった」  知らない貴族に穢されるのも、魔獣に穢されるのも、嫌だし辛かったけど何よりもソラに嫌われるのが一番怖かったんです、って俯く。 「だから僕は悪い子です」  アティベンティスの平和の為にと言いながらただソラに嫌われたくない一心であの子を手にかけようとしたのだと、泣き笑いするアサギを力一杯抱き締めた。 「嫌わないよ。何があったって大好きだよ、アサギ」  だから、ごめんね。黙ってることを許して。  俺もアサギに嫌われたくないんだ。  まだ若干目がうるうるしてるアサギが落ち着くまで抱き締めて、落ち着いた頃皆の所へ戻った。お兄ちゃんが心配そうに顔をあげてアサギの表情を見て安心したように微笑む。 『キュィ!キュィ!』  お兄ちゃんの腕の中でベソかいてたドラ(仮)がアサギに気付いて暴れだして、お兄ちゃんは苦笑しながらアサギの腕へとドラ(仮)を渡した。 「ホント甘えん坊だなー、お前」 『ギャゥ!』 「いだーーーッ!!」  噛んだ!噛みましたよこいつ!! 「何だよ!ちょっとつついただけだろ!」 『ギャゥ!フシュー!!』  どうやらママを取られたと思ってご立腹のご様子。金色の目を爛々と光らせて睨んでくる。 「こら、そんなことしちゃダメです」  ペチッて頭を叩かれてショボーンとするドラ(仮)は、やっぱどう考えても最強とは思えない。何か着地も下手くそだったし、もしかして知識が何もないのか?生まれてすぐ世界を滅ぼせるって思ったカツキのミスだ。力はあっても使い方を教えるヤツがいなきゃ無意味。こっちに送られた事が逆に幸運だったのかも。隠れられる場所は多いし自然が多いから食べ物だって豊富だし。だからそうやってひっそり食い繋いでたんだろうな。  可哀想って思うと同時にちょっと健気で可愛いな、って思う。一人ぼっちで頑張って生きて、ママに気付いて大喜びしてる健気な子供。 「名前……名前考えよ!」  それを見ててポンッと手を打ったのはセン。 「そうだな。呼ぶとき不便だ」  ケイが同意してカナさんも頷く。 『キュィ?』  首を傾げるドラ(仮)に一瞬視線を落としたアサギが小さな体をギュッと抱き締めて 「アオ……。アオがいいです」  ってまた目を潤ませてる。皆がドラ(仮)……、アオを受け入れてくれてるのが嬉しいから今回のは嬉し泣き。だから頭を撫でるだけにとどめる。 「(アオ)は、大好きな(ソラ)の色です」  とどめようと思ったのに!そんな可愛いこと言うから!! 「大好きーーッ!!いだーーーッ!?」  ガッバァって抱き付いたら鎖骨下辺り、肉がない痛いとこに噛みつかれた。 『フシュー!!フーッ!!』 「痛ぁぁ……、何だよ!アサギは俺のでもあるんだからな!」 『ギャゥ!フーッ!!』 「お前と会うよりもっと前に会ってますー!」 「いい加減にしろ、お前ら」  後ろからケイの拳が飛んできた。  

ともだちにシェアしよう!