24 / 38

皇太子と世捨て人3 R18

 見知らぬ男の腕の中で青ざめて震えているアサギに微笑みかける。追われている、という恐怖を忘れさせないため兵士は送ったが彼らはただ追い詰めるだけ。アサギの大切なものがカツキの手に有る限り逃げられはしないのだから。  案の定彼は国境まで馬鹿正直に戻って来た。 「やあ、久しぶりだね。外は楽しかったかな?」  小刻みに震えたままのアサギが何か言いたげに唇を動かしてるのを見て、カツキは“それ”を取り出す。オモチャの鳥。いや、オモチャの鳥になったもの。傷をつけないように皮を剥ぎ中身を取り出し声帯の動きに反応する機械を埋め込んだ。見た目は変わらず愛らしいまま。ただ瞳が虚ろなのは仕方ないと言えば仕方ない事である。動くけれど、生き物ではないのだから。  カツキの取り出したそれに気付いたアサギの顔が強張った。 「お前の為に新たに作らせた物だ。気に入ってくれるかい?」  羽ばたいてくるオモチャの鳥にぎこちなく手を伸ばすアサギに優しい声音で言う。 「お前の声帯に反応するようにした。代わりに喋ってくれるから試してごらん」  アサギはオモチャの鳥を抱き締めて崩れ落ちた。 「アサギ……!?」  瞬間、最初に腕に抱いてた男が再びアサギの肩を抱く。 『何故ですか……』  同時に聞こえたちょっと高い機械的な声はアサギの腕の中から。琥珀の瞳からは透明な滴がポロポロ落ちる。 「お前の“友達”なんだろう?お前が寂しくないように変えてあげたんだよ。殆ど変わりはない筈だ。気に入ってくれたかな」 「作り変えたって……殺したってのか!!」  長身の男が叫んで、アサギの肩を抱いたまま燃えるような目で射抜く。喧しい男だ、と瞬間思った。そして無駄な正義感を持つ男だとも。  本能的に気に入らない。 「殺した?おかしな事を言うね。その子は永遠の命を手に入れたじゃないか」 『……っ、あんまりです……ッ!!何故こんな……っ!!』 「その子だけではダメなのかい?なら……」  カツキは視線を長身の男へと向ける。気付いたアサギはハッとして努めて冷静に言った。 『彼らはこの世界の傭兵です。僕が雇いました。それ以外の関係なんかありません』 「雇った?あぁ、そう言えば俺のあげたブローチがないね。それを使ったのかい?」  鳥と戯れているくらいだから鳥が好きなのだろう、と何年か前気紛れに職人に作らせた物。瞳の色に合わせて琥珀を埋め込んだそれを彼は珍しく笑顔で受け取ってくれた。  そういえばあの時も彼は“友達”に 「見て、カツキがくれたの。君にそっくりでしょ?僕の宝物なんだ」  等と話しかけていた。 『それしか僕にはありませんでした』  過去、それを宝物と言った彼は強張った表情のままカツキを見つめる。彼一人では助けを求めて国境を超え、傭兵を雇うなど思い付かない筈。リツは戻らない、と言いはしたがそんな知識を持ちアサギに伝えられるのはただ一人。 「入れ知恵はお前の兄かな?」  またアサギの肩が強ばった。  カツキは知らないが、リツは兵士を雇い守ってもらえと告げただけ。そしてアサギはステュクスで兵士を雇う場所を聞き、傭兵達と出会ったのである。端から自分一人助かるつもりのない彼は、誰に教わったわけでもなく傭兵達を雇いここへ現れた。 「まあいい。それより、外は満喫出来ただろう?帰ってきなさい」 『彼らに手を出さないって約束してください』  震えているくせに懸命に言葉を紡ぐアサギに微笑みかける。 「何故だい?関係ないのなら死ぬのも関係ないはずだよ?」 『カツキ、僕は貴方の物だ。貴方の他に大切な物などありません』  当たり前だ。そう躾たのだから。  しかしそう言いながら必死で傭兵達を庇う事に彼は矛盾を感じないのか、と苦く思う。そこまで必死になるのは大切な証拠だろうに、と。 『アティベンティスで余計な争いを起こして欲しくありません。他国で犯罪歴などついては貴方の父上に申し開き出来ません。彼らは何も知らない。このまま解放してください』  カツキは少しの間の後喉の奥で低く笑った。 「それは知らないから見逃せ、と言うことかな?……確かに彼らは本当に何も知らないようだ」  隙あらばアサギを連れて逃げようとしている彼らは恐らく何も聞かされていない。絶対君主国家のセンティス。その王家に逆らう事は死を意味する。  ただここはアティベンティスだから本来関係はないのだけれど、アサギに刻まれた王家への恐怖は根深いのだろう。 「だがお前は勘違いをしているようだね、俺の可愛いヒトハ。我がセンティス王家はそう甘くはないよ」 「な、に……?」  傭兵達が驚きに目を見瞠る中アサギへと手を差し出し言った。彼が決して抗えない言葉を。 「さあ、こっちへおいで。お前の兄も随分と帰りを待っていたよ」 『!兄上……っ、兄上に何か……っ!!』 「知りたければおいで、可愛いヒトハ」  恐怖と不安に揺れる瞳がやがて諦めに見える光を湛え、一歩一歩重たい足取りでカツキの元へ歩き出す。今にも飛び出しそうな傭兵達に見せつけるように最後の一歩を抱き寄せ唇を重ねた。アサギが抱き返さないのは小鳥を抱いているからではないだろう。彼の最後の抵抗だ。 「帰ろう、俺のヒトハ」  細首に鈍く輝く首輪にリツが外した鎖を掛ける。 「残りは殺せ。上の鳥もな」 『やめてくださいカツキ!!』  必死に叫ぶアサギは泣きそうな顔をしている。何度も何度も振り返る彼を引き摺って国境前の馬車に押し込んだ。 「言っただろう?センティス王家はそう甘くはないよ」  アサギは悲しそうに目を伏せてもう何も言わなかった。  城に連れ帰りすぐ服を裂くように脱がせ、裸身をベッドに拘束して。封じた声を解放しながら慣らしもしないそこへグロテスクな玩具を無理矢理捩じ込んだ。最初痛みに泣いていたアサギの体は10年かけて覚えさせられた快楽を勝手に拾い、段々下肢に集まる熱はアサギを絶望へと落としていく。 「ひぁぁ……ッ!」  ブブブ……と無機質な音とアサギの悲鳴が響き、後孔に埋め込んだ玩具をグイッと押し込むとまた甲高い悲鳴を上げ仰け反った。 「しっかりと躾たつもりだったんだけどね。いつからそんなに悪い子になったのかな」 「あ、ぁ、ぁ……っ!」 (お前の希望など消してやる)  込み上げたのは、恐らく嫉妬。彼を守ろうとし、彼が守ろうとした傭兵だという男達。きっとアサギはアティベンティスで“光”を見つけたのだろう。直感であの長身の男だと思った。 (何度でも闇に引き摺り戻してやろう)  だから俺を見ろ、と思うのはもはや恋慕に等しい。嫌悪し、暇潰しにと雁字搦めにし続けた挙げ句執着は増してしまった。 「誰が主人かもう一度教えてあげなければね?」 「ん、ぁぁ……っ!カツキ……っ、カツキ……!!」  グチグチと粘着質な音を奏でるそこに収まる機械を乱暴に動かす。 「やめ……、イヤ……!もう、出ちゃぅ……ッ!!」 「お前は誰の物だ?」 「ぼ、僕は……っ、カツキの物、です……!」  過去愉悦を覚えたその言葉が何故か物悲しく虚しい。  ビクン、と仰け反った彼から放たれた白濁を指に絡め舌で舐めとる。その指の動きを見ながら彼は小さくみんなは、と呟いた。恐らく無意識の問いにカツキの胸をチリチリと焦がすのは嫉妬の炎。 (そんなに彼らが大切なのか)  徹底的に憎まれようとこんな風に蹂躙し続けているくせに、自分に向けられる筈もない愛情に嫉妬しても無意味だ。 「後で教えてあげよう。それまで耐えられるね?俺の可愛いヒトハ」  カツキと入れ違いで部屋に入ってきた男達にアサギは澄んだ琥珀から涙を落とした。  魔獣を封じる結界石と呼ばれる核を埋め込んだ鉄の塊を手に部屋へ戻り、散々鳴かされ魔力を消耗したアサギへ近寄ればリツが守るかのように立ち塞がる。 「そろそろお前は戻る時間だよ、リツ」 「アサギにこれ以上何をするおつもりですか」  カツキが無言で核を外すと、塊からベシャリと落ちたのは緑色の液体。  それは訝しげに見つめる兄弟の前でスルスルと形状を変え、やがて無数の触手を持つ魔獣へと変化した。見る間に青ざめるリツに微笑みかけ部屋に現れた兵士に視線を向ける。 「ほら、お迎えが来たようだ」 「唆したのは私です!アサギには何の非もないではありませんか!!」  無駄な抵抗をする彼の腕を掴み引き摺る兵士の力に敵う筈もない。リツは悲鳴に近い声の叫びを残して隣室に連行された。一瞬シンと静まり返った部屋の中、カツキがアサギに視線をやると同時に魔獣は動き始める。 「や……いや……ッ!!カツキ……!」  ズル、ズル、と濡れた何かを引き摺る音をさせながら近寄ってくる魔獣に怯え、アサギが懸命に手枷を外そうと暴れて手首には傷が増えた。 「いや、嫌です!カツキ、ごめんなさい、ごめんなさい……ッ」 「お仕置きだ、と言っただろう?それにね、俺は楽しみでもあるんだよ可愛いヒトハ」  ベッドの側、アサギがよく見える位置に置いた椅子に腰かけて足を組みアサギの必死な謝罪に微笑んだ。  スライム状の魔獣はやや新しい種族である。センティスの魔物学者がある程度の情報を集めてはいたが、その中である仮説が生まれた。  その魔獣は同種の生物じゃなくても管の様な生殖器を相手に挿し込み子を植え付ける事ができる。ならば異種間での交配により、さらに新たな生物を人工的に作り出せるのではないか。  研究は進められ何度も繰り返す内に分かってきたのは、産まれる子供の姿形は魔獣や母体に影響を受けないものが多い事。そして獣以外の他の生物でも同じく子供は魔獣の持つ物理耐性に加え、母体の優れた遺伝子を継ぐ事。  魔獣と野生の獣を交わらせた時は剣劇を受け止める程の柔らかい体を持つ狼が産まれた。斬ろうとしても跳ね返し、開いた口からは触手のような舌が飛び出した。  では相手が人間では?  死罪になる犯罪者で試した時は生物とはおよそ呼べない酷くおぞましい塊が産まれた。たまたま目についた使用人では取るに足らない少し丈夫なだけの鳥のような生物が産まれた。  ならばヒトハという魔力の塊のような種族では?  物理が効きにくい。それに加えて魔力も高くなればほぼ無敵だ。だが混血のヒトハでは物理に強く、多少魔力を持っただけ。  次に試すならば純血だ。少し前より学者からの依頼を受けていたその実験は憎まれようと言い訳のように思ったその日に、連れ戻したら行うと決めていた。  本音を言えば少し興味があるのは事実。嫌われよう、憎まれよう、なんて自分への逃げ道の様に言い続けながらこればかりは完全に自分の意思。 「お前からはどんな子が生まれるんだろうね?」  怯えるアサギは未だに手枷を外そうと暴れている。魔獣はもうその足元まで迫ってきていた。 「いや、カツキお願いします!許して……ッ!……ひ……っ!カツキ!!ごめんなさい、もうしないから許して……っ!!」  スルスルと彼の足を絡めるのは緑色の半透明な触手。咄嗟に引こうとしたらしい足を思いの外強い力で引き戻してグイ、と大きく開かされる。途端後孔から溢れた白濁は魔獣にとっては催淫剤に等しい。  しかし毎回これほどに注がれて、よくもまあ子を成さないものだと考える。何か条件でもあるのか。自らも純血であるとは言え試してみようとは思わないが。 「いや!カツキ!!」  意識の逸れたカツキを現実に戻すかのように、嫌だ、ごめんなさい、許して、を繰り返すアサギの声にチクリ、と痛む心はいつも通り無視してカツキはただ見つめる。  やがて触手の本体にあたる塊がズルズルとアサギの横たわるベッドへと乗り上げた。重さでベッドのスプリングが悲鳴のように軋み、アサギもまたそのおぞましい魔獣を間近に捉え悲鳴を上げた。 「いやぁぁッ!」  体をヌルヌルと這い回っていた触手が後孔の残滓に気が付き、途端 『キュル……クルルルル……』  と喜ぶかのような声。 「や、やめて!おねが……ぃ……あぁぁ!!」  暫くカツキに助けを求めていたアサギは二本目の触手を差し込まれる頃にはやめてもらえない事を悟ったか 「やだぁ、兄上……!兄上ぇ……ッ」  と、リツを呼んだ。 (“彼”に助けは求めないのか)  扉越しに聞こえた“ソラ”という名前。それがアサギの光の名。  まさか名を知られたとは思っていないのだろう。だから彼はリツとて何をされているかわからないと理解しながらも兄を呼ぶ。誰かに縋らなければ正気を失いそうな日常の中、アサギが身に付けた心を守る術だ。 「兄……ァア……ッ!!痛い、いたぁ……ッ!!いやだ、いやだいやだァァ!!」  ギチギチと狭い後孔に無理矢理侵入した三本目に細い裸身が悶える。 「壊……、壊れるからぁ……ッ!ぃ……ッあぁぁーーーッ!!」  侵入した触手達が暴れまわっているようで魔獣に抱えられた足はガクンガクンと人形のように揺れた。中に自分の体液を流し込み準備を終えた触手はヌルリ、ヌルリ、と緑の液体を纏わりつかせながら抜け出していく。  次いでアサギの後孔に宛がわれたのは触手より遥かに太い生殖器。 「ウソ……、いや、……いやぁぁッ!」  先程よりも激しく暴れるアサギに苛立ったのか魔獣は手枷を引きちぎると腕に触手を絡めて吊り上げた。 (……成る程。気に入ったようだね)  恐怖におののき暴れたのはアサギだけではない。使用人や他のヒトハも嫌がって暴れた。魔獣は煩いとばかりに何本もの触手を口内へ押し込み窒息寸前まで気道を塞ぎ、グッタリしたところで行為を再開している。  今回はそうせず、 『クルルルル……』  と嬉しげに聞こえる声をあげながら顔と呼べる位置までアサギを持ち上げ、再び管の挿入を開始した。まるでアサギの全てを堪能しているかのよう。  やがて満足いく場所を見つけた魔獣は嫌がるアサギに子種を植え付け影に溶けた。 「離して!離してぇ!」  アサギは今、カツキが呼んだ兵達に押さえ込まれている。腹に望まぬ子を宿したと知った彼はカツキの腰から剣を引き抜いた。重たい剣は彼には不釣り合いで、酷く緩慢な動きのまま自分へと向けて。カツキは自分の腹を刺そうとする寸前まで見届け直前で手首を掴んだ。細い折れそうな手首を捻れば、いとも簡単に刃は手から離れ耳障りな金属音と共に床を転がる。 「やぁ……っ、いやぁ……ッ!いや!嫌だぁ……!」  再び刃に伸ばされた手が届く前に柄を蹴り更に遠くへ飛ばした。 「いや!やだぁ!殺して!お願い、殺してぇ!!」  騒ぎが聞こえたのか部屋の外から呼びかけてくる兵士に気を取られた一瞬の隙に窓に駆け寄ったアサギを床に倒す。 「殿下!」 「拘束しろ。大事な母体だ。丁重にな」  母体。  その言葉にアサギは震える。 「いや!離して!殺してぇ!!産みたくない!やだぁ!!」  彼は最後まで叫び続けた。 『キュイ……キュイ……』  よじよじと心を封じられたアサギの体へとよじ登る魔獣の子を抱き上げる。リツはもはやカツキに目を向けることさえしない。カツキはそんな兄弟を残し部屋を出た。 『キュゥゥ……』  腕の中の暖かい生き物は“母親”と引き離された事が寂しいのだろう。頻りに小さな翼をバタつかせ戻れと言いたげに頭を擦り寄せてくる。しかしパタパタと降り注ぐ水滴に魔獣の子は何事かと短い手で頭をテシテシ擦った。 「……何故、今更……」  何故今更こんなに罪悪感が込み上げるのか。母の呪縛は消えない。殺せ、殺せ、と夜毎夢枕に立つ彼女に縛られたままのカツキはそれに抗う術がない。苦しい、と自分が言えた義理ではないのだ。  苦しいのは彼らであって、それを強要した自分であってはならない。  母に縛られた心に僅かに残る良心を捨て去れたらどれ程楽なのか。 『キュイ……?』  見上げる小さな生き物に、 「……お前はアティベンティスで……」  奴らの災厄となれ、と言い聞かせるつもりだった。魔物学者はこの生き物の力量を知りたがっている。だが口から出たのは別の言葉。 「……誰にも見つからないように、ひっそりと生きろ」  どんなに苦しくとも、後悔をしていようとも、やはり目的の為にはアサギ達を解放するわけにいかないのだ。ならばせめて望んでなかったとは言えアサギから産み出されたこの子には自由を、と。彼はその生き物を国境から放り出した。

ともだちにシェアしよう!