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皇太子と世捨て人7
リョウが倒されて男に手を踏まれた時。その体の強ばり具合と懸命に堪えた悲鳴に気付いた瞬間またカチリと欠片が動いた。自分の武器は目に見える物だけではない筈だ。
耳鳴りに似た感覚、じわりと全身が熱くなると同時。カツキの上の男が半身を吹き飛ばされて倒れる。
飛び散る血飛沫にまた1つ。
――俺はね、父上。この瞬間をずっと待っていたんですよ
――き、さま……っ、何故……!
(あぁ、そうだ……)
あの時あの遺跡で父と呼んだ男を殺したのだとカツキは自嘲する。そして役目を終えた自分が生きている意味はないと、そう思って。
(なのに何故……)
まだ生きているのか。
「……」
盗賊を全て葬って地に倒れていた彼に意識を戻すと、彼は頭を抱えて泣いていた。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
そう小声で謝りながら。そのまま意識を失ってしまったリョウを引き摺って部屋に戻したのは数時間前。
流石にベッドに引き上げることは出来ず――男のプライドにかけて試してみたらバランスを崩して潰される羽目になったのは心に秘めて――、床に布団をしいて寝かせている。
折れた彼の手は思い出した治癒魔法で治した。手の甲に舌を這わせる間、リョウが目を覚まさなくて良かったと心底思う。僅かに魘されるリョウの前髪を払って額に手の平を当てた。
――カツキ!
殆んどの記憶は取り戻した。それなのに、最後に耳に残った声の主はどうしても思い出せない。
(……何故だろうな)
その声はやはり嫌悪と恋慕と憐憫の情を呼び起こす。憐れみ、不憫だと思いながら嫌悪し、それなのに恋慕っているかのようなその感情が理解できない。
何にせよ恐らく自分はここにいない方が良いだろう。カツキがそう結論を出し立ち上がろうとした時。
「……ん、……カ、ツキ、さん?」
「目が覚めたか」
本当は目を覚ます前に出て行きたかったのだが少々長居をしすぎたようだ。さらりと髪を梳いて覗き込む。
「……俺……」
その表情に何を見たのか、大丈夫かと問おうとするカツキの腕を強い力で掴んだリョウはそのまま彼を引き寄せた。
「カツキさん……、ここにいてください……」
リョウの上に乗る形で抱き締められたカツキは僅かに身動いだ後動きを止める。
「……いなくならないで下さい。一人は嫌です」
カツキが出て行こうとしている事を本能で感じ取ったとでも言うのだろうか。子供の様にしがみつくリョウに遠慮なく体重を預けて溜め息をつく。
「……町に出れば人はいるだろう?」
「嫌です。カツキさんがいいんです」
「……俺は、お前が思っているような人間ではないよ」
「俺だってカツキさんが思ってるみたいな人間じゃないです」
「……俺は“父親”を殺した。罪のない子供を閉じ込めて、考えられる限りの恥辱と苦痛を与えた」
思い出した記憶は酷いもので。
(何故思い出したくなかったのか良くわかった)
やめて、許して、と泣き叫ぶ子供の声。
顔は思い出せなくとも自分が何をしたのかは思い出してしまった。
「……俺はお前にも同じことをするかも知れないよ?」
リョウは一瞬も迷うことなく
「カツキさんはしません。……その事を後悔してる今のあなたなら同じ過ちは繰り返しません」
そう言い放つ。
「買い被りすぎだね、リョウ。お前が俺の何を知っていると言うんだい?」
「何も。……でも、自信を持って言えます。貴方はもうしない」
でなければそんなに泣きそうな顔は出来ない。そう言ってカツキの頬に手を添える。
「……すみません。俺、弱くて……カツキさんを守れません。だけど」
それでも精一杯あなたを守るから側にいさせて下さい、と懇願するリョウに再び溜め息をつく。
「……俺には俺の帰るべき場所がある。いつまでもお前と遊んでいる訳にはいかないんだよ、リョウ」
「……遊んでないです。俺は本気です」
ぐるりと態勢が入れ替わって、カツキを見下ろすリョウは代わらず懇願するような表情だ。
「好きです。カツキさんが好きなんです。だから行かないで下さい」
「……俺を捜してる人がいるかも、と言ったのはお前だろう?」
「わかってます。でも、今離したら駄目な気がするんです」
何だそれは、野生の勘か。
と、言う前に唇に柔らかな感触が当たった。ただ押し付けるだけの小さな子供の様な口付けだ。
「……す、すみま、せん……」
衝動に突き動かされたらしいリョウの方が狼狽えてカツキの上から離れる。その熱が名残惜しいだなんて。
(後少しだけ……)
夢を見てもいいだろうか。そう、これは夢だ。ずっと欲しかった温もりを手に入れた夢。
夢だから、後少しだけ。
離れた温もりに手を伸ばした。
隣に座ったカツキがコテンと肩に頭を預け、ヒトハの証を持つ手はリョウの左手を握る。早鐘みたいに煩い心臓を持て余し気味のリョウは戸惑うようにカツキを見下ろした。
「……あの……」
「……お前は何故こんな場所に一人でいる?」
その問いにリョウが固まった事に気が付いたのだろう。答えたくなければ別に、と紡いだ唇を思わず手で塞ぐ。
「……」
「す、すみません……!」
何だ、と問いかける視線に耐えきれずあわあわとその手を離して。少しの間の後呟いた。
「……何で、急に……?」
「別に。一人は嫌だ、と言う割りに一人でいる矛盾が不思議なだけだよ」
「……一人が嫌だとは言いましたけど、カツキさん以外といたいとは思いません」
何故、と見上げる黒曜にどきまぎと俯いたリョウは左手の温もりに勇気付けられたかの様に顔を上げ
「……カツキさんには、知ってて欲しいです。俺の事」
そう、小さく言う。
「知った所でお前の気持ちには応えてやれないかも知れないのに?」
真顔の問いかけにツキンと痛む胸には気付かない振りをして
「……きっと、俺は誰かに話したいんだと思います。それを聞いてくれるのがカツキさんなら……俺は嬉しいです」
そう言えばカツキはまたリョウの肩に頭を乗せた。それが聞いてやる、という合図なのだと気付いて手の平の向きを変え、指を絡ませる。
同じ様に力を込めてくれる彼の温かい手に微笑んで、今まで一人で押し込めてきた物をポツリポツリと吐き出した。
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