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皇太子と世捨て人8 ※R18

 ガシャーン!!と響いた音、次いでドンッと聞こえた音にリョウは耳を塞ぐ。 「酒代も稼いで来れねぇのか、このグズが!」 「うるせぇな!だったらてめぇが稼げ!!」 「んだと、このガキが!」  怒鳴り声が聞こえて、今度は肌を打つ音が手の平ごしに聞こえてくる。悲鳴は聞こえない。きっと今日も4つ年上の兄はその仕打ちに歯を食いしばって耐えているのだろう。兄もまだ10歳という遊びたい盛りの子供。しかしこの境遇では遊ぶどころか日々の生活すら危うい。 「チッ、まあいい。帰ってくるまでにここ片付けとけよグズ!」  僅かばかりの収入は全て父親の酒代に消える。二人の食事は主に近所の家から出る残飯だ。 「……お兄ちゃん……」  バタンと激しい音をたてて閉まったドアを確認して恐る恐る部屋から出る。 「リョウ……何も、されなかったか……?」  鼻と言わず口と言わず、あちこちから血を流す兄はそれでもリョウに向けて微笑んだ。立ち上がれない程に痛め付けられた体は痣だらけで、目のまわりも赤黒く腫れ上がっている。 「お兄ちゃん……っ」 「大丈夫……」  大丈夫な訳がない。いつだってリョウの兄はボロボロだった。  近所の人間は気付いているのに見て見ぬふりだ。時折、まるで哀れな犬に餌をやるかのように置かれている食事はより劣等を煽る。  しかしそれが無ければ兄はともかくリョウが生きていられなかったのは確実だ。けれど明確に助けてくれる大人はおらず、悪夢のような日常を過ごしていた。  父親はリョウの事など忘れているのか金も稼げない子供に用はないのか見向きもしない。  無視され続ける日常と、虐待され続ける日常。どちらがマシだったのか。否、圧倒的にリョウの方がマシだったのだろう。  けれど、その頃のリョウはそこに自分という存在がないことが寂しかった。 (おとうさん、おとうさん、僕もいるよ。ここにいるんだよ……)  存在に気付かれても待っているのは地獄なのに。  その日、リョウは父親の服を引いた。兄はいつもの通りスリに出かけていて、家には二人きり。 「おとう、さん……」  見て。僕の事も見てよ。  愚かな事をしたと成長した今なら言える。言ってみれば最低な人間である父親に一体何を期待していたのか。 「……ホントに、絵に描いたような最低な男でした」  抱き上げられて喜んだのも束の間、放り投げられたのはベッドの上。服を脱がされ、前戯もそこそこに捩じ込まれた剛直。恐怖と痛みとショックで声は出せなかった。  父親は声の出せないリョウを気にするそぶりも見せず、ただ自分の快楽だけを拾い上げ満足するまで犯し抜いてまるでゴミのようにベッドから蹴り落とされた。 「……痛いし、気持ち悪いし血は止まらないし、……けど」  兄に知られるわけにはいかない。  リョウを犯す父親は言ったのだ。自分が何でもするから弟には手を出すな、という兄の言葉を。暴力に耐えた兄の好意を無駄にしたと思った。それからリョウを犯した父親に怒り狂う兄が簡単に想像できた。 「その先に待ってるのはまた暴力でしょう?だから知られたくなかったんです」  子供ながらに兄が自分を守ってくれていた事は理解した。そして父親との行為が一般的ではない事も。  知られたら父に楯突くであろう兄を同じ目に遇わせてしまうかも知れない。それが怖かった。 「……良い鴨だね。いくらでも付け入る事ができそうだ」  カツキの言葉に力なく笑う。 「はい。……お陰で俺は身動きが取れなくなりました」  兄に知られたくない、父親に抱かれたくない。  でも逆らうのが怖い。  色んな感情でぐちゃぐちゃになった頭はただ現実を受け入れる事しか出来ない。  その日から兄がいない日がリョウの仕事の日になった。  父親の飲み仲間は年端もいかない子供を嬲る事に酷く興奮するようで、一度来れば病み付きになったのか何度も来るようになった。最低な男達だが、彼らは金を落としていく。  父親はニヤニヤ笑いながら幼い息子が犯される様を見るだけだ。リョウで稼いだ金は酒代と煙草代に替わった。その煙草をふかしながら父親は笑う。 「嫁がいたらもっと良かったのに近所のヤツに輪姦させたら死んじまいやがって。いい金ヅルだったのによぉ」 「んだよ、そんなことしてたんなら呼べよ」 「だから呼ぶ前に死にやがったんだっての」  母親は逃げたと言われていた。自分達を置いて逃げたのだと。こんな環境だったら仕方ない、と諦めたように兄は言って、でも二人で抱き合って泣いたのに。 「あん?ガキがいっちょ前に考え事か?」 「ふぁ、あ、ぁん……!」  グチュリと音をさせた結合部を強く突かれて仰け反る。 「はは、こんなチビのうちからケツで感じるとかどうしようもねぇ淫乱だな」 「も、やだ……おとぉさん……、お腹くるしいよぉ……」  助けを求めて伸ばした手を掴んだ父親は言う。 「あのグズに変わるか?あいつの生意気な口をきけなくしてやるのも面白そうじゃねぇか」  こんな痛くて苦しいだけの行為は欲しくない。他人に変わってもらえるならどんなにいいか。  でも兄だけには変わって欲しくない。 「やだぁ、お兄ちゃんはだめ……っ」 「だったらてめぇがもっと頑張らねぇとなぁ、チビ」  泣きながら喘ぐリョウを代わる代わる犯した男達が満足して帰った後は父親に嬲られる。もう嫌がっても無駄な事を学習したリョウはただその時間が過ぎるのを待つだけだ。  そんな日がどれ程続いたのだろうか。相変わらず気が付いてる筈の近所の大人達は見て見ぬふりで。時折こっそり様子を見に来てくれる人もいたけれどやはり助けてはくれなくて。  兄がスリの常習犯だと周知されて稼ぎは落ちた。 「……リョウ、……リョウ」  それでもどこからか酒代を稼いでくる父親に兄が疑問を持つのは思えば当たり前の事だ。父親に探りを入れているようだが、未だリョウがされている事に気付いてはいない。  ベッドに籠ることが増えたリョウを心配した兄が、リョウの為に果物を盗んできたのはそんなある日。父親が出掛けた隙に戻ってきた兄に揺り起こされて唯一安らげる微睡みから目を覚ます。 「おに……、ちゃん……?」 「どうしたんだ?具合悪いのか?」 「大丈夫……」  そう言いつつもモヤモヤした何かが燻って気持ちが悪い。しかし兄にこれ以上心配をかけたくなくて微笑んだ。 「これ」 「わぁ……、りんごだ!」  差し出された艶やかな赤い実を見る。  まだ母親がいた頃、彼女は貧乏ながらも子供達の為に良くアップルパイを作ってくれた。今では埃をかぶり蜘蛛の巣だらけになったオーブンは使う者がいなくなって久しい事を否応なしに突き付けてくる。  それもまたどこかから盗んできたらしい果物ナイフを取り出した兄が器用に皮を剥きながら言った。 「母さんみたいなアップルパイは作ってやれねぇけど」  ホラ、と差し出された果実を一口。 (……あれ、味しない……)  それはまるで砂を噛んでいるかの様。 「あ、甘くておいしいね、お兄ちゃん」  しかし兄にそう告げるわけにいかない。きっと彼は心配するだろう。  リョウの笑顔にどことなくホッとした笑みを返してくる兄を見ながら、味のしないりんごを咀嚼し続けた。だが。 「……っ、ん……っ」 「リョウ?」 (どうしよう……、お腹、いたい……。きもちわるい……)  勧められるまま何切れか口にした辺りで込み上げてきた吐き気に口を押さえる。冷や汗が吹き出して顔から血の気が引いた。 「どうした、リョウ!?」 「……ぅ……っ、いた、お腹、いたい……」  ぐっ、とせり上がって来た物を何とか押し止めようとしたけれど。止めきれず今しがた食べた物が逆流する。ビシャリと床に散った吐瀉物に更に吐き気が込み上げてとうとう座り込んでしまったリョウの背を、オロオロしながらも兄が懸命にさすってくれる。 「に、ちゃ……っ、ごめ……っ」 「いいから喋んな!」 「め、……、なさ……、っく……」  ごめんなさい、ごめんなさい、と言い吐き続けるリョウをどうしていいかわからず、泣きそうな顔をする兄にもう一度ごめんなさいと謝った。  折角持ってきてくれたのに吐いちゃってごめんなさい。  心配させてごめんなさい。  本当の事言えなくてごめんなさい。  そんな想いを込めて。

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