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Chapter 1 : Scene 3

 悠也は、マンションのベッドの上に寝転がって、スマホをじっと見上げていた。  ディスプレイにはLINEのトーク画面が表示されている。相手はもちろん圭だ。  二月に何度か送った悠也からの他愛のないメッセージ。既読はついているが、返信はない。  部屋の照明は落とされている。薄明るいディスプレイに顔を照らされながら、淡々と指が動く。 『今日、会えてうれしかったです。ちゃんと顔を見てゆっくり話したいです』  送信ボタンに触れる直前、ためらった。ためらって、そのまま画面を閉じた。  どうしても脳裏から離れない。悠也を映していた、ガラスのような何の感情もない瞳。何も言わないまま逸らされた視線、閉じられたドア。  また息が詰まりそうになる。  だめだ、と、スマホを放り投げようとしたとき、画面の上部に通知メッセージが表示された。Slackの通知だ。  タップして差出人の名前を見、悠也はいっぱいに目を瞠った。 『Kei Todo』  鼓動が跳ね上がる。弾かれたようにベッドの上に起き上がる。  慌ててSlackを開くと、メッセージの本文が目に飛び込んできた。 === 秋吉へ 今後の研究活動に関する説明と事務手続きを行う。 明日16:00に405号室(研究室)まで来てください。 遅れないように。 藤堂 ===  送信されたのは、たった今。ということは、今まさにメールを送ったところだ。  画面の前にいる。絶対に。  衝動のまま指が動いた。  呼出音。跳ね回る心臓が口から飛び出そうになる。 『――藤堂です』  一瞬、頭が空白になる。  電話越しの声は、いつもより少し掠れて聞こえた。 「も、もしもし!? 先生!?」  まさか出るとは思っていなかった。わけのわからない第一声が口をついて出た。  電話の向こうから、かすかに息を吐く気配。ため息のような。 『……どうした』  呆れているのかもしれない。冷汗がにじむ。舌がもつれそうになる。 「あ、あの。えっと。メール、見ました」 『そうか』 「明日、行きます。あ、じゃなくて、伺います。ちゃんと、時間守ります」 『16時だ』 「はい。遅れません」 『そうしてくれ。――では』  通話が終わる。  沈黙の中で、悠也はしばらく自分の鼓動音だけを聞いていた。全力疾走をした後のような拍動。汗までかいているような気がする。  深く息を吐いて、スマホを掴んだままベッドに仰向けに倒れ込む。  交わした会話はほんのわずか。しかも、恋人同士の甘さは皆無。それどころか、今日悠也を完全に無視したことをどう思っているのかなど窺うべくもない。指導教員としても素っ気ない、最低限の事務的な会話。  それでも悠也にはわかった。電話に出てくれた。それはたぶん、圭なりの気遣いだ。 「不器用な人なんだよなあ」  今日、高瀬から聞かされた言葉を自分なりに繰り返して、笑う。 『見てるだけじゃ伝わらねえし、触るだけじゃわかりあえねえのよ』  高瀬の言葉を思い出す。  観測と干渉。  ――見てるだけじゃ伝わらない。でも、こっちから動けばちゃんと応えてくれる。そういう人なんだ。  とにかく、明日、会える。久しぶりに。たぶん、二人きりで。そして、これからこうして近くに行く機会はいくらでもあるはず。  悠也の瞳が、暗い天井を真っ直ぐに見上げた。  もう、『観測』は終わり。  『干渉』の始まりだ。

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