28 / 33
Chapter 10 : Scene 2
秋吉に伝えたとおり時間をかけてシャワーを終え、脱衣室に戻る。
Tシャツとスウェットを身に着けて、タオルでざっと髪を拭きながら鏡を一瞥すると、今にも緊張で壊れてしまいそうなほど硬い顔がそこにあった。
手を止める。鏡に向かい合い、深く息を吸って、吐く。
――最後まで。必ず、性行為を達成する。
決意を込めて軽く頬を叩いた。
ダイニングへ戻ると、ラグの上に正座した秋吉が弾かれたように顔を上げた。その膝の上には、先刻渡した論文集が広げられている。
目が合った。
スウェット姿でタオルを首にかけた秋吉が、きちんと正座をして論文を広げている。その真面目な姿が、ひどく愛らしく映った。きゅ、と胸の奥が甘く締め付けられる感覚は、秋吉と知り合うまで知らなかったものだ。
今は視線の位置が秋吉より高いからだろうか。シャワー前の、心臓が壊れそうなほどの緊張はわずかに鳴りを潜めている。
ゆっくり歩み寄った。圭を見上げたまま、秋吉の瞳がかすかに揺れていた。緊張と期待が入り混じった瞳。
締め付けられた胸の奥に、あふれそうになる、あたたかでくすぐったい、何か。
そっと手を伸ばす。濡れた秋吉の髪を指に絡めるように撫でた。その指を、強く掴まれた。熱い体温。
「……っ、!」
秋吉の腕が伸びる。抱き竦められ、わずかにバランスを崩して秋吉に凭れながら崩れるように膝をつく。先刻よりもずっと近い体温。胸の奥で何かが弾けるように熱くなる。
唇が重なり、小さく全身が強張る。掠れた息を漏らしながら頬にそっと指を触れさせて止めた。それだけでもう息が乱れかけていることが恥ずかしくてたまらない。
羞恥で身動きが取れなくなりそうな自分を叱咤するように頭を振り、重ねた手を握り返しながら、立ち上がった。
言葉をかける余裕もない。無言のまま寝室へ導き、ベッドの端に座らせた。
眼鏡を外してサイドテーブルの上に置く。視界は少しぼやけたが、かえって少しだけ落ち着いた。秋吉の顔はちゃんと見えた。
秋吉の脚の間に膝をつくと、息を飲む気配が伝わった。
「先生、俺――」
「私に、やらせてほしい」
絞り出したその声は、自分のものとは思えないほど上擦り、震えを帯びていた。心臓が喉元まで迫るような緊張。
とても顔を上げてなどいられない。視線は下へ、手元へと逃げる。スウェットのウエストへ手をかけた、そのとき。
「ちょっと待って」
焦ったような声。圭の手にかかる、熱い指。
「先生、あの、俺、ゴムとか持ってなくて」
「……心配ない」
そうか。それを気にかけていたのか。納得しながら、圭は手を伸ばしてベッド横の引き出しを開けた。中から、未開封のローションとコンドームの箱を取り出し、ヘッドボードへ置く。何事もなかったかのように、また元の位置に膝をついた。
もう秋吉は何も言わなかった。押し殺した呼気だけが伝わる。
スウェットをそっと下げると、下着の中で、熱を帯びたものが息衝いているのがわかった。それだけで圭の全身が熱くなる。
――次は。下着の上から優しくキス、だったか。
以前「予習」した内容を懸命に思い返そうとする。しかし、現実に目の前で緩く隆起している布地を前に、頭が真っ白になる。
思考がまったく動かない。
秋吉の腿の上に置いた手が小さく震える。更に焦ってきつく握り込む。
――駄目だ。止まってはいけない。混乱を悟られるわけにはいかない。
――私が、しないと。ちゃんと。最後まで。
覚悟を決める。
下着を引き下ろした手付きは、少しだけ荒くなってしまった。
「……っ」
外気に露わになった秋吉の性器は、既に半ば昂りかけていた。圭の喉が小さく鳴る。もちろん、他人の性器をここまで間近で見た経験などない。
指が震える。痛いほど秋吉の視線を感じながら、見上げることなどとてもできない。
緊張が臨界を超えてしまいそうで、とにかく動いた。焦燥のままに顔を寄せ、先端に唇を押し当てる。頭上で掠れた息が漏れるのが聞こえた。どく、と性器が熱を増す。
その秋吉の反応で、少しだけ落ち着きを取り戻した。
舌を伸ばしてそっと舐める。同じボディソープの香りを感じながら、先端から側面へ。根元から先端へ。尖らせた舌先で、大きな飴を舐めるように懸命に舌を動かす。圭の目の前で、秋吉の性器が硬く張り詰めていく。
「……ゃば、っ…」
秋吉の声が聞こえた。意味がわからず、一瞬だけ視線を上げる。
眼鏡がないせいでぼやけた視界の中、こちらを見下ろしている秋吉が見えた。真っ赤になって、片手で口元を覆っている。
――こんな私でも、興奮してくれているのか。
その事実に、妙な安堵と、余計な焦りが入り混じる。
動きがぎこちないことは自分でも分かっていた。リズムがうまく掴めない。舌の使い方も、たぶんこれではもどかしいだけだ。しかしどうすればいいか分からない。
完全に勃ち上がった性器に、指を添える。自分のものとは比べ物にならないサイズと色に、どうしても小さく息を詰めてしまう。
――つぎは。くわえる。
喉仏が上下する。大きい。
思い切って、口を開いた。
先端を、浅く咥える。口の中に生温かい感触がいっぱいに広がる。きつく目を閉じ、そのまま一気に深く咥え込む。
「……、ン…っぅ、」
苦しい。目尻に涙が浮くのが分かった。ボディソープとは違う匂い。ぬるつく何か。――秋吉、の。
そのまま、動きが止まった。
この次はどうするのか。
――歯を立ててはいけない。舌で刺激しながら、唇を窄めて。
「予習」で見た内容だけが空しく文字列として脳裏を行き過ぎていく。
動けない。
固まってしまった直後、不意に、喉奥に不穏な刺激が突き上げた。慌てて顔を離す。
「――ッ…!」
顔を背け、激しく噎せる。何かが気管に入ってしまった。
「す、すまない」
もう一度、と、また元の位置に戻ったとき。
「先生」
ともだちにシェアしよう!

