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Chapter 10 : Scene 3
ふと、秋吉の手が肩に触れた。
「……!」
弾かれたように顔を上げる。拒まれたのかと、一瞬身が竦む。
しかしその力は優しかった。抗う理由が見つからず、圭は自然に立ち上がった。そして、背中に触れる熱い体温。力強い腕に導かれるように視界が揺れ、気づけばベッドの上で仰向けになっていた。
その動きが妙に滑らかで――どこかで何かが引っかかった気がしたが、考える余裕はなかった。
秋吉が、まっすぐに見下ろしていた。目を逸らせない。心臓が口から飛び出そうになる。
布の擦れる音。視界の端で、秋吉が自分のスウェットを脱いだのがわかった。続いて、唇を小さく甘く啄まれながら、そっと抱き起こされる。
Tシャツの裾を持ち上げられる動きに合わせて、圭は無言のまま腕を上げた。ひやり、と外気が肌に触れる。離れた秋吉の唇が、さびしい、と思った。
視線が重なる。また口付けられる。何も身に着けない肌が触れ合う。
いつの間にか圭の腕は、秋吉の首へ絡んでいた。唇が触れ合うたび、ちゅ、ちゅ、と小さく濡れた音が響き、自分の吐息が思いがけず高く漏れる。もっと、と、離れた秋吉の唇を追いかけると。小さく笑う気配がして、あたたかな掌が圭の頭を撫でた。
裸の背がシーツに触れる。再び横たえられたことを知り、瞳を開く。
秋吉と視線が合った。ひどく真剣な光が、その双眸に湛えられていた。
そしてようやく気づく。二人とも、何も身に着けていなかった。
「――っ……!」
顔を背けたくなった。しかし、秋吉の視線に縫い止められたように動けない。
秋吉の顔がそっと降りてくる。額。頬。くすぐったさに、小さく圭の首が竦む。そのまま、顎のラインを辿って、首筋へ。
温かく湿った感触が、鎖骨の下を甘く吸い上げる。同時に、甘く濡れた音。
「ん…っ」
驚くほど浅い刺激だったのに、声が漏れた。
「……先生?」
秋吉の声が、喉元にかかったまま低く問いかける。その呼気すらひどく鮮明で、背筋を甘い戦慄が駆け上がり、喉が戦慄いた。
舌が、鎖骨の窪みをなぞり、胸へ降りる。肌の表面を時折甘く吸いながら、温かく柔らかく濡れた感触が胸を撫でていく。くすぐったい――そう思ったとき、左の乳首を不意に舐め上げられて、全身が跳ねた。
「ッぁ、っ」
思わず小さく声が漏れた。呆然と片手で口を覆う。衝撃のあまり心臓が暴れ回る。恥ずかしくて死にそうだ。
秋吉の掌が、そっと頭を撫でた。自然に視線が重なる。
「……ここ、気持ちいいんですね」
「ち、ちがう」
反射的に否定した。秋吉の瞳がわずかに細くなる。
「ほんとに?」
「ゃっ、ぁ、ッ」
右の乳首を甘く摘まれ、また背が撓った。慌てて両手で口を覆うと、愉しそうに笑う秋吉と視線が合った。
熱い指先が、両方の粒を摘まんだ。
「――ッ…!」
視線が合ったまま両方を捏ね回され、たまらず腰が跳ねる。視線を背け、懸命に声を堪えながら、しかし甘く弾かれれば堪えようもなく背筋が撓る。
「先生、かわいい」
「な、にを、ッ……」
「いつか、ココでもイかせてあげますね」
何を言ってるんだ、と問い返すことすらできなかった。乱れ切った吐息。耳を塞ぎたくなるほど淫靡だった。
熱い掌が脇腹に触れる。ひく、と小さく腹筋が波打つ。
「っ…」
秋吉の手が、ゆっくりと腰を撫でる。指先が背後へ。肉付きの薄い尻の稜線を辿り下りていく。
くすぐったさと緊張が入り混じり、圭は小さく身を捩った。
「こっち、向いてください」
低く優しい声に、反射的に片側の腰を浮かせる。
秋吉の腕が滑り込んできて、柔らかく抱えられた――と思った次の瞬間、体がくるりと寝返るように動かされ、うつ伏せにされていた。
はっとして、肘で上体を支えながら背後を振り返る。
秋吉と目が合う。笑みと一緒に、小さなキスが降ってきた。
「ちょっとだけ膝曲げて」
優しい声に、なぜか逆らえない。自分が最後までちゃんとしなければ、と硬く握り締めていたはずの決意と覚悟は、いつの間にか溶けるように消えている。
言われたとおり、膝を引き寄せる。腰が自然に持ち上がる。――四つん這いに近い。自覚した瞬間、圭の全身がかっと熱くなった。
「ダメだよ、先生」
咄嗟にうずくまろうとした動きは、秋吉の逞しい腕に阻まれた。腹部を熱い腕に固定され、何も隠すことのできない背後を晒す。
たまらず、顔をシーツに埋める。耳まで熱い。
「見るな…っ……」
「無茶言わないでください」
秋吉の声はかすかに掠れていた。
「!」
尻に触れた指が、狭間を辿る。びく、と全身が小さく跳ねる。
――見られてしまう。
「……っ」
背筋が粟立つ。後孔に、秋吉の指が触れていた。――すでにローションでたっぷり濡れている其処へ。
「先生……?」
秋吉の声が震えを帯びていた。信じられないものを目にしたかのような響き。
「準備、してくれたんですね。うれしいです」
唇が圭の背に落ちた。
恥ずかしさで呼吸が止まりそうになる。圭は小さく頭を打ち振った。
「言うな…」
「言いたいです。何回でも。めちゃくちゃうれしい」
「、っ」
背に、幾度も熱い唇が落ちる。ちゅ、と小さく響く甘い音。背中ですら快感を拾い上げることができるのだ、と新たな発見をしながら、上擦る吐息を漏らす。
「でも、ゆっくりやります。先生のこと、傷つけたくないから」
真面目な声だった。秋吉の手がヘッドボードを探り、ローションを取り上げた。パッケージを開封する音。
――秋吉になら、傷つけられてもいいな。
そんなことをふと思った。が、そんな余裕は、あっという間にかき消えた。
ぬるり、と、狭間を辿る感触。人肌のローションと、それを纏う熱い指。
「……――!」
ゆっくりと入ってくる。
圭は息を止めた。きちんと準備をしたはずなのに、苦しい。比べ物にならない圧迫感。
「大丈夫ですか…?」
気遣う声が耳に届いた。
「だいじょうぶ、だ」
「…痛かったら言ってください」
言いながら、狭い中で優しく異物が動く。撫でるように。解すように。
圭の中を気遣う動き。
――秋吉の、指。
大きく瞳を瞠った。
「ッぁ、っ」
その事実が頭に届いた瞬間、内部の感覚が一気に明瞭になる。
くちゅ、と音を立てて動く指先が、圭の中をかき回すたび、腰が跳ねた。何度も、勝手に。慌てて圭はシーツを噛んだ。
「ンっ…ぅ…ッ――っ…、…!」
声が漏れそうになるのを懸命に堪える。それでも、自分の身体が秋吉の指を勝手に締め付けていることはわかった。
やがて秋吉は、指をゆっくりと引き抜いて、もう一本増やした。――圧迫感は、単純に二倍になるはず。
しかしそうはならなかった。
「…ぅ、……んッ、ンっ――…、」
声が漏れそうになる。腰が勝手に浮き上がる。秋吉の指、と思うだけで、身体がもっと奥へと誘っている。シーツを掴む指が白む。腹の下で自身の性器が勃起していることを意識する余裕すらない。
やがて、秋吉の長い指が、圭の中の奥まった位置を撫で上げた。
探るような指先が、一点に触れる。
途端、圭の背中が弓なりに反った。
「ッあ!」
悲鳴のような声。反射的に逃げようとした動きは、しっかりと抱き留められた。
「逃げちゃダメ、先生」
囁く秋吉の声は、明らかに昂ぶっていた。三本に増えた指が圭の中をかき回す。ローションが滑る卑猥な水音。先刻の一点を甘く、しかし容赦なく幾度もなぞられ、声を堪えることすらできなくなる。
「ゃ、っ…そこ、さ、わ……なッ――ぁ・あッ…!」
喉の奥が焼けるように熱い。息がまともにできなくなる。瞼の裏がちかちかと明滅するような、圧倒的な鋭い快感。
「――や、めッ…あっ、…もう……ッ――、ん……っあ・ァ、ああッ……!」
声が抑えきれない。息が詰まる。
全身が熱く染まる。快感が飽和する。
腹の底から込み上げた快感が、爆ぜる。
「――ッ…!」
頭が真っ白になった。
全身がぐったりと脱力し、シーツの上に崩れる。乱れた呼吸を整えることもできず、全身で喘ぎながら、自分の身体に起こったことを認識することもできなかった。
――そうか、今のが。
「予習」をしたときに、男性同士の性交で快感を得るポイントとして知った。
しかし、文字情報として読むのと、自分の身で体験するのとは、雲泥の差がある。射精の快感とはまったく違う、意識が霞みそうなほどの強い快感。
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