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第13話
その後特に何かされることもなく就寝し、次の朝に何事もなかったかのような顔でチェックアウトをする矢田を、長谷はぼうっと眺めている。
不意に視線が合い、びくりとすると「いやそんな身構えないでくださいよ」と矢田が後頭部を掻いた。
「あ、でも俺の言ったこと忘れないでくださいよ」
「もちろん。わかってるよ」
ホテルの前でそれだけの言葉を交わし、駅まで無言で歩く。路線が別だという矢田と別れて長谷はホームで一人ため息をついた。
その日の夜も、次の日の夜も矢田から特に連絡はなく、メッセージアプリを確認していた長谷はどこか落ち着かない気持ちになった。
やはりあれは、ただの冗談だったのか……?それならあんな写真を撮って送りつけてくるのは、悪趣味なんじゃないか。
悶々としている長谷のスマホが震える。画面に映し出された名前と簡素なメッセージに目を丸くした。
『おやすみなさい、譲さん』
画面を開くと、犬のような生き物のスタンプが送られてくる。
「まったく……なんなんだ、あの子は」
頭を抱えつつも『おやすみ』とメッセージを返した自分はなんて甘いんだろうと長谷はひとり眉間にしわを寄せた。
「おはようございます、部長」
「あ、ああ。おはよう矢田くん……早いね」
「今日はちょっと、やること多くて」
「そうなんだ。頑張って」
「はい」
あまり眠れなかった長谷が早めに出社したら、既に矢田が出勤していた。動揺していることを悟られないように会話できただろうか、とどぎまぎしたが、矢田は恐ろしいほどにいつも通りで驚いた。
ああいうことをして、あんなことを言っておいて、全く意識されないというのも少し面白くない――と自分でも理由のわからないことを考えながら、長谷も仕事に取りかかった。
そこから金曜日まで、まるで何事もなかったかのように日々が過ぎ、長谷は早めの退勤を終え既にリビングの一人掛けソファーで寛いでいた。
本当に、何もなかったな……と適当な映画を見ながら缶ビールを一口飲むと、机の上のスマホが震えた。
『部長、明日予定ありますか?』
『特にないけど、どうしたの』
『それなら俺と会いません?』
随分軽めのお誘いだったが、連絡が来たことに対する謎の安堵と、あの熱をもう一度感じたいという欲が勝ってしまった長谷は、了承の返事をした。
その後入った風呂では、何となくいつもより念入りに身体を洗った。
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