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第27話

 指定された場所に行くと、矢田が既に立っていた。家が近いというのは本当だったらしい。  普段のにやけ顔で何か軽口でも叩かれるかと思ったが、当の本人は長谷の顔を見た途端眉間に皺を寄せ、口を真一文字に結んでいた。 「部長……顔色酷くないですか?」 「君には、関係ない……」 「……そう、ですか」  何故、君のほうが傷ついた顔をするんだ。と思ったところで矢田が何も言わずに歩き始める。思わずTシャツの裾を掴むと、もとの表情に戻った矢田がくすりと笑った。 「そんな可愛いことしなくても、一人で帰ったりなんかしませんよ。ついてきてください」 「かっ、可愛……!?」 「ええ。可愛いセフレです」  持ち上げられて落とされたような気分になった長谷は、矢田の少し後ろを歩く。程なくしてオートロックのマンションに着くと、矢田がキーをエントランスの機械にかざした。  うちの会社はそこそこの大手とはいえ、入社してから五年も経っていない彼が住むには大きなマンションだな、と思ったが触れては行けない気がした長谷は口をつぐみ、彼の後ろをついていった。  エレベーターに乗り、矢田が押したボタンの階に止まると扉を抜けてすたすたと建物の端へと歩いていく。  角の部屋にたどり着いた矢田が玄関の鍵を開けながら、ぽつりと呟いた。 「あの、今日部長が来るとは思ってなかったから多少散らかってますけど……いいですか」 「構わないよ。そもそも、僕が変なこと言ったから」 「そこは別に気にしないでください。じゃ、どうぞ」  扉を開けた途端、ルームフレグランスらしい香りがふわりと漂う。なるほど彼らしいなと思っていると、先にスリッパを履いた矢田が不思議そうにこちらを見ていた。 「部長のスリッパここにあるんで。どうぞ、上がってください」 「あ、ああ。お邪魔します」  廊下を抜けてすりガラスがはめ込まれた扉を矢田が開けると、広めのリビングダイニングに通された。  散らかっていると言っていたが、水切りかごに食器が置かれていたり、部屋着らしい服がソファーの背もたれにかけられている程度の生活感しかない部屋だった。 「部長、コーヒー飲みますか?あ、あと服は気にしないで座ってください」 「ああ。すまないね……」  キッチンに立った矢田が座るよう促してきたため、服がかかっていない方の端に座る。  勢いで会いたいなどと言ってしまったが、実はとんでもないことを要求してしまったのではないかとじわじわ実感した長谷は、矢田に気づかれないよう小さなため息を漏らすのだった。

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