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第28話

 どこか落ち着かずそわそわしていると、矢田が二つマグカップを持って戻ってきた。長谷の前にあるローテーブルに一つ置いてから、背もたれにかけられた服を気にせず隣に座る。 「どーぞ、豆のストック切らしてたんでインスタントですけど」 「ありがとう、そこまで気を遣わなくて構わないよ。いただきます」  両手でマグカップを持ち、息で冷まして一口すするとコクのある苦味が口に広がる。コーヒーにはさほどこだわりのない長谷だったが、本当にインスタントなのかと思う程美味しいものだった。  コーヒーのおかげで身体の中から温かくなり、少しだけ調子が回復した長谷を矢田がじっと見つめていることに気づく。 「な、何か粗相があったかい」 「いいえ?部長、ちょっと顔色マシになったかなって」  矢田はマグカップをローテーブルに置き、手の甲で長谷の頬を撫でる。その優しい手つきに勘違いしそうになったが、彼との関係を思い出してぐっと踏みとどまった。  硬直している長谷を見て、矢田がおかしそうに笑う。 「もう今日は何もしませんから、そんな身構えないでください」 「あ、ああ……」  これが君の思うセフレなのか、と何度も問いたくなった。しかしそれを言葉にしたらきっとまた、彼も柳瀬のように離れていってしまうだろう。  聞く勇気すら出ない長谷は、苦いコーヒーをもう一度飲み下す。目頭が熱くなった気がしたが構わずにコーヒーを飲み干すと、刺すような視線に射抜かれる。 「俺で良かったら、今夜抱き枕になるんで」 「へ?」  矢田の意図がわからず視線をうろうろと泳がせると、袋に入れられた熊のぬいぐるみの頭部が視界に入る。  それを見てどうしようもなく心臓が痛くなった長谷は、手のひらを目元に当てた。 「……僕はもう、いいオジサンなんだよ」 「まあ、年上ではありますね」 「あまりオジサンをからかわないでくれないか」 「からかってませんよ。アフターケアは俺の役目かなって」  何の、なんて聞かなくてもわかる言葉を紡ぐ矢田の胸板へ衝動的に顔を埋めると、存外優しく背中に手を回される。  ――どうしよう。僕は、矢田くんを好きになってしまった。  ずいぶん急だが久しぶりに恋に落ちてしまった感覚に、長谷は身震いする。この気持ちだけは彼に伝えてはいけないと思いながら、矢田の背中に回した腕の力を少しだけ強めた。

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