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第29話
そのまましばらく矢田と体温を分け合い、どちらともなく離れていく。ふと窓を見ると外が薄暗くなっており、帰るために長谷が立ち上がろうとすると、強めの力で腕を掴まれた。
「矢田くん……?」
「今夜、俺が抱き枕になるって言いましたよね」
「しかし、君の迷惑になるだろう」
「いいから。泊まってくださいよ」
甘えるように腕に頬を寄せられ、長谷の心臓が高鳴る。勘違いしてはいけないと自分に言い聞かせながら、もう一度ソファーの背もたれにもたれかかると矢田が嬉しそうに微笑んだ。
「ねえ部長、お腹空きません?」
「あ、ああ。そうだな……」
「あり合わせで申し訳ないですけど、今からメシ作りますね」
立ち上がった矢田を目で追い、キッチンへ歩いていって冷蔵庫の中身をチェックする様子を眺める。
若い割に意外としっかりしてるんだなあと思いながら見つめていると、何故か申し訳なさそうな顔をした矢田と目が合った。
「部長、あの」
「どうした?食材がないなら僕が出前を取ろうか」
「いえ……その……あるにはあるんですが……部長。二連続炒飯でも大丈夫ですか?」
「へ?」
予想外の問いかけに素っ頓狂な声を出してしまった長谷だったが、買い出ししてなくていい材料が何もなくて、とか嫌だったら俺が奢りますから。とかあれこれ話している矢田の様子が年相応のそれに見えて顔がほころぶ。
「いいよ。君の炒飯、食べてみたいな」
「ありがとうございます。あーあ、なんかかっこ悪いとこ見せちゃったな……」
「君は、十分かっこいいよ」
口をついて出た言葉に、長谷自身がはっとする。これじゃあ気持ちを言わなくても告白してしまってるようなものじゃないか。と一人猛省していると、矢田がにんまりと笑った。
「あは、ありがとうございます。でも俺なんかにそういう事言うの、勿体ないですよ。もっと他の人に言ったほうがいいです」
「そうかな」
「ええ。そうですよ」
どこか寂しそうに微笑む矢田を見て、思わず手を伸ばしかけた。しかし、今の自分はそういったことをする立場ではないと痛いほど分かっていた長谷は、そっと腕を下ろした。
次の瞬間には元の表情に戻った矢田が、一旦リビングに戻ってくる。適当にテレビでも観ていてくださいよ、とリモコンを操作してから再度キッチンに戻り、調理器具を取り出すカチャカチャという音がこちらにも聞こえてきた。
よくわからないバラエティ番組をぼうっと見ながら、先程の矢田の言葉を反芻する。
彼は自分が思っているより、何か大きなものを抱えているのかもしれない……が、それをどうこうする資格がないことも十分に分かっていた長谷は、テレビから聞こえる笑い声に紛れ込ませるようにため息をついた。
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