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第30話
時間経過とともに香ばしい良い匂いが漂ってきて、久々に腹の虫がくうう、と音を立てる。矢田くんに聞こえなかっただろうかと長谷が恥ずかしくなった瞬間に、お盆に二つの皿を乗せた矢田が近づいてきた。
「どーぞ」
「どうも。わあ、美味しそうだなあ……」
「口に合うかどうかわかんないですけど、美味しくなるように想いだけは込めましたよ」
「はは、それならきっと大丈夫だよ」
いただきます。と手を合わせ、スプーンを手にとって一口分を掬い上げ、少し冷ましてから口に入れる。
ホテルで食べた炒飯よりずっと味に深みがあるそれを咀嚼して飲み込むと、彼の想いが伝わったような気がした。
「矢田くん、これすごく美味しいよ」
「……ありがとうございます」
彼の頬が赤らんだのは、きっと炒飯が熱かったからだろうと思った長谷は、料理の味を楽しむために目を閉じた。
他愛のない会話をしながら食事を楽しみ、皿が空になったのを見てからごちそうさま、と手を合わせる。
すると流れるような動きで矢田が皿を取り上げて重ね、お盆に乗せてキッチンへと歩いていった。
「待って矢田くん」
「なんですか?」
「ご馳走になったから僕が食器を洗おう」
「や、俺んちだから俺のほうがよくわかってますし、今日の部長は何もしなくていいんですよ」
さあさあ座って下さい、と両肩に手を添えてソファーへと座らされ、少々口を尖らせた長谷だったが渋々矢田の提案を受け入れる。
満足そうな顔をした矢田は食器を洗い終えると、リビングダイニングを後にした。
数分経ってキッチン近くにある機械から給湯開始の音声が流れ、矢田が風呂の準備をしてくれたのだとようやく気づく。
どこまでもスマートに立ち回る彼に若干の申し訳なさを感じながらも客人としてくつろぐことにした長谷は、ソファーに身体を沈み込ませる。
リビングダイニングに戻ってきた矢田が、長谷の様子を見てまるでペットでも見るような表情でこちらを見る。
「あは、部長溶けてる」
「み、見苦しいところを見せたね」
「いーえ。リラックスしてくれて嬉しいです」
隣に座った矢田が、もう一度長谷の顔を覗き込んで頬に手のひらを滑らせる。
「顔色、良くなったようでよかったです」
「ああ……君のおかげだよ。ありがとう」
「別にこのぐらい、いつでもしますよ」
「はは。ただのセフレにも尽くすんだね、君は」
半ば自嘲も混ざった言葉だったが、一瞬空気がひりつき長谷の表情が強張る。それに気づいた矢田が、少しだけ悲しそうな笑みを浮かべながら口を開いた。
「うーん……ただのセフレにはここまでしないですかね。俺の中では大事なセフレに入ってますよ、部長は」
「大事なセフレ……?」
「はい、大事なセフレです」
どこまでも読めない矢田の言葉に何を返そうか考えていると、給湯完了の音声が部屋に響き渡る。
「さ、部長。お風呂くめたんで入ってきてください。下着も俺の新品のストックおろしたから、使ってくださいね」
「あ、ああ……」
ぐいぐいと脱衣所に押し込まれ、じゃあゆっくりしてくださいね、とドアを閉められる。取り残された長谷は矢田を追いかけようとしたが、ぐっと堪えた。
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