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第31話
振り返ると綺麗に並べられた衣服類とここに衣服を入れてくださいと主張しているような位置に洗濯かごが置かれており、過剰なまでの気遣いに胸が苦しくなる。
服を脱いで脱衣所に入ると、入浴剤らしい香りが浴室中に広がっていた。
軽く身体を洗い湯に浸かると、彼の優しさまで染み込んでくるような気がして思わず、ふう……と息を吐いた。
「大事なセフレ、か……」
小声で呟いたつもりだが、一人暮らしにしてはやけに広い浴室内に存外反響してしまった。
廊下まで聞こえなかっただろうかと一瞬冷や汗をかいたが、脱衣所のドアがしっかり閉まってることを思い出した長谷は少しだけ安堵した。
少しだけ踏み込んだことを言うと、さっと壁を作られる割に自分のことを大事にしている素振りを見せる矢田のことが、ますますわからなくなった。
自分を抱くまでは長谷部長のことが気に入らなかった、もいったようなことも言っていた。
彼の業務上での成績は優秀だがそれを鼻にかけない部分も含めて評価していたが、どうも伝わっていなかったらしい。
「まあ、僕もあの子がどういう反応するか気になってあんな誘いしちゃったわけだしな……」
俯くと、入浴剤で白く濁った風呂の水面がゆらゆらと揺れていた。まるで自分の心みたいだなと一人笑った長谷は本格的に身体を洗うためにざぱりと音を立てながら立ち上がった。
脱衣所で身体を拭き、用意された下着に足を通す。どんな下着が置かれているのかと緊張したが、ブランド物らしいシンプルなボクサーパンツだった。
ドライヤーを借りて髪を乾かしたあと、下着と同じところに置かれていたTシャツとスウェットズボンを身につける。柔軟剤のいい香りが全身を優しく包み込み、彼の普段の生活の丁寧さが垣間見えるような気がした。
行きより長く感じた廊下を歩いてリビングダイニングへ戻ると、矢田がノートパソコンを開いて真面目な顔で何かを行っていた。
「矢田くん。お風呂と着替え、ありがとう」
「あ、部長おかえりなさい」
「それはもしかして今進めてる案件かい」
「……そうです。時間ある時にちょっとでも詰めておきたくて。そうでもしないと……」
「そうでもしないと?」
「いえ、なんでもないです」
ぱたんと閉じられたノートパソコンに視線を取られた隙に、立ち上がった矢田に優しく頭を撫でられる。
「なんか部長が俺のシャンプー使ってるの、ちょっとグッときますね」
「ん?」
「……部長って遊んでる割に変なとこ鈍いというか、こういうの案外通じないですよね」
「す、すまない……」
いいんですよ、と微笑まれ「じゃあ俺も風呂入ってきます」と言い残し矢田はリビングダイニングを出ていった。
広い部屋にぽつんと取り残されて落ち着かなくなった長谷は、ゆっくりとソファーに身体を預けた。
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