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第33話

 映画自体は過去に見たことがあったが、細かい内容は忘れていた長谷は、そういえばこんな内容だったな、と思い返しながら映画を観ていた。  途中なんとなく矢田の顔を盗み見ると、ぼうっとしていても整っていることがよくわかる横顔に思わず目を奪われる。  彼を見ていることに気づかれる前に視線を画面に戻すと、長谷の記憶にはなかった情熱的なキスシーンが映し出されており、年甲斐もなく気まずくなった長谷は矢田がいる方とは逆方向に視線をこっそり逸らした。  二時間と少し、二人並んでソファーに座っている時間を終えた頃には、時計が日付が変わる少し前を指していた。 「明日も休みですけどそろそろ寝ましょうか。うちベッド広いんで一緒に寝られますよ」 「ああ……」 「もしかして、エッチなことしてほしいんですか?」 「ち、違う……!」  わかってますよ、とはにかんだ後矢田はリビングダイニングを出ていった。数分後、彼は色違いの歯ブラシを片手に一本ずつ持って戻って来た。 「部長の方は新品だから安心して下さいね」 「……何から何まで、本当にすまない」 「いいんですよ、俺が好きでやってるんで」  彼の優しさに甘えつつも、この曖昧な関係は何なのだろうと長谷は自問する。答えのない問いを頭の中で反芻しながら丁寧に歯を磨き上げた。  洗面所で口をすすいだ後、廊下の中ほどにあるドアを矢田が開け、寝室に案内される。一人暮らしにしては広いベッドルームとクイーンサイズのベッド、そして二つの枕が目に飛び込んできて、長谷は面食らった。 「……矢田くんもしかして、恋人とかいたりするかい」 「いいえ、一度もいたことありませんけど」 「一度も!?」 「そこ引っかかります?」  確かに失礼な反応をしてしまった、と長谷がひとり反省していると、矢田がどこでもないところを見ながらぽつりと呟く。 「俺に恋人なんて、分不相応ですよ」 「え?」 「どうしました?」 「いや……その……」 「さ、早く寝ましょうよ」  矢田の暗い瞳に気圧された長谷が言いあぐねている間に、彼は元の明るい表情に戻り長谷をベッドへと引き込んだ。  上質そうなマットレスと掛け布団が長谷の身体を包み込むと、つい身体の力が緩む。 「部長」 「なんだい?」 「ここに俺以外の人が寝たの、初めてなんですよ」 「なっ……」  これ以上は言わせないと言わんばかりの迫力には裏腹に、触れるだけの優しいキスをした後、おやすみなさいと言った矢田は長谷に背を向けてすうすうと寝息を立てた。  彼の言葉の真意がわからない長谷は、その後しばらくの間なかなか寝付けなかった。

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