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第34話

 カーテンの隙間から朝日が差し込んで、長谷が先に目を覚ます。昨日寝付けなかった割にはすっきりとした目覚めを味わうように身体を伸ばすと、まだすやすやと寝ている矢田が目に入った。  こうして見ると、実年齢よりもあどけなく見える彼の頭を無意識に無でようとしたら、彼がうう、と声を上げつつ寝返りを打ったため長谷は我に返った。  ――恋人なんて、分不相応ですよ。  寝る前に彼が言っていた言葉を思い返し、眉間にしわを寄せる。  矢田の仕事に関する評価もしている身だからよくわかっているのだが、彼は自己評価こそ低いものの仕事だって人よりずっとよくこなしているし自分も周りもそう評価している。  顔だって上位の部類に入るはずだと、若者の顔の見分けがつかなくなってきた年齢の自分から見ても思うほどなのに、彼はどうして――  と思っていると矢田がゆっくりと目を開け、長谷はどきりとする。 「おはようございます、ぶちょー……」 「おはよう矢田くん」  朝が弱いらしい彼に声を掛けると、「すみません、あと五分……」と枕に顔を埋める。  日曜の朝ぐらいゆっくりすればいいよ、と声をかけたが矢田の耳には届いていないようだった。  三十分ほどしてようやく覚醒した矢田が、きびきびと朝の支度をする。いつの間にか綺麗に洗濯されていた服に長谷が袖を通すと、送っていきますよ。と微笑まれた。 「朝ごはん、準備できなくてすみません」 「構わないよ。ちょうど僕はここに寄ろうと思ってたんだ」  ファストフード店を指さすと、矢田は「そうですか」と踵を返しかけたので慌てて腕を掴む。 「待って矢田くん。君さえよければ奢られてくれないか」 「……ふは、なんですかその誘い方」 「え、あ、すまない」 「大丈夫ですよ。俺、部長のそういうとこも気に入ってるんで」  二人並んでファストフード店に入ると、朝の店独特の空気が二人を包み込む。矢田の希望を聞いて、モバイルオーダーで二人分注文して席に座っていると、程なくして店員がハンバーガーなどをトレイに乗せて持ってきた。 「部長が俺と同じもの頼むの意外でした」  甘いメープルが混ざったパンケーキで肉を挟んだバーガーを頬張ったところで矢田にそう言われ、長谷は目を丸くした。 「……このちょっと甘いような塩辛いような感じが好きなんだ」 「俺もです」  なんでもないやり取りに、「好き」「俺もです」という二つの単語が含まれていることに気づいた長谷は、顔に熱が集まる。  ――困ったな。これじゃあ大人失格じゃないか。  その気持ちを誤魔化すようにもう一口頬張ると、甘いシロップと塩辛い肉が口の中で溶け合った。

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