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第38話
午後の仕事もなんとか終え、定時になった頃矢田からメッセージが入る。
『念の為時間ずらすんで、先に俺の最寄り駅行っててください』
昼休みの終わり頃、自分が何か失言をしたせいで少し怒っていたように感じられた長谷は、今日矢田くんは会ってくれないかもしれない……と思っていたが、そうでもないようで胸を撫で下ろし、了承の返事をする。
長谷が普段乗っている路線とは違うが、乗り換えなしでたどり着ける矢田のマンションの最寄り駅へ一人で行くのは容易かった。
電車に乗っている間に矢田から西口の近くで待つようにというメッセージが入っていたため、彼を待っている間近くのドーナツ屋の店頭で期間限定のドーナツを眺めていると、肩を軽く叩かれた。
振り返ると、不思議そうな顔をした矢田がいた。
「部長、ドーナツ好きなんですか」
「まあ……人並みには。ただ、今回は君の家にお邪魔する手土産にしようと……」
「そんな気を遣わなくてもいーんですって。でも、限定のやつは買いましょうか」
自動ドアをくぐりトングとトレイを持った矢田は、ひょいひょいと期間限定の抹茶味のドーナツを二人分取ってレジへ向かう。
長谷が財布を出す前にスマートフォンの電子マネーで決済されてしまい、矢田の若さや準備の良さを見せつけられたような気持ちになった。
ドーナツの袋を抱えながら二人夜の街を歩いていると、セフレ以上の関係に進展しているような錯覚に陥り、長谷は星の見えない空を見上げる。
程なくして矢田のマンションに着き玄関のドアを家主が閉めた途端、唇に噛みつくようなキスをされた。
「んっ……む、う……」
力の抜けた手からドーナツの袋が滑り、かさりと音を立てて玄関ホールの床へと落ちていく。
その音とともに矢田が離れていったかと思うと、顎を持ち上げられる。
「部長……やっぱ今日、抱いていいですか」
「えっ、それは、なんで」
「……譲さんのせいですけど」
矢田に腕を引かれ、ベッドルームへ強引に連れ込まれてあれよあれよとマットレスに押し倒される。
それなりな性生活を送ってきた時期もあるため、いきなり抱かれることに対しての抵抗はないが、ああ。まだシャワーを浴びていないなあ……などと考えている長谷の思考を遮るように、もう一度唇が降ってきた。
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