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第39話

 矢田らしくない慈しむような口づけに心まで溶けかけた長谷は、あることに気づいてはっとする。 「やっ……矢田、くん」 「なんですか……?」 「お手洗いに行ってきてもいいかい」  なんで、と言いたげな視線を浴びながら長谷は目を逸らしてぽそりと声を発する。 「その、君もわかるだろう」 「あっ……」  状況を察したらしい矢田がするりと長谷の上から下りて、ベッドの外まで手を引く。手を繋いだまま立ち上がった長谷は一人でベッドルームから出ていって、玄関ホールに置きっぱなしになっていた自分の鞄から箱を取り出してトイレのドアをがちゃりと閉めた。  数分後、戻ってきた長谷を見てベッドに座っていた矢田が少しだけほっとしたような顔をする。 「ちゃんと戻ってきてくれてよかったです」 「そりゃあ、あんな熱烈なお誘いを受けたらね」  ぎし、と音を立てながら矢田の隣に座り、まだ不安げな彼の頬に手を当てて唇を押しつける。  若干かさついた感触のそれを潤すように自らの唇で食むと、矢田の肩がぴくりと跳ねた。 「ねえ、矢田くん」 「なんですか」 「僕はどこにも行かないからね」  目を見開いた矢田を見ながら、長谷は言葉を続ける。 「もちろん、矢田くんが飽きるまででいいから」  複雑な感情を全て微笑みに変えながら、もう一度長谷から唇を重ねると矢田が恐る恐る長谷の背中に手を回す。  その手の熱さに身も心も溶かされるような感覚になりながら、長谷も矢田の腰に手を回した。  いつの間にかベッドに押し倒されていた長谷のスーツのボタンを、矢田が器用に片手で外していく。 「部長」 「なんだい?」 「部長のスーツ皺にしたくないんで、全部脱がされてくれますか?」  矢田の言葉に頷きで返すと、ベッドの縁に座るように言われた長谷は彼の言葉に従う。  うやうやしく床に膝をついた矢田は、まず長谷のジャケットを脱がせてクローゼットの空いているハンガーにかける。  そこからネクタイを丁寧に解き、サイドボードに軽く畳んで置いて、すぐにワイシャツのボタンに手をかける。  上から一つ一つ外していく様子をぼうっと見ていた長谷は、矢田のまつ毛が存外長くて多いことに気がついて少しだけ心臓が跳ねた。  ワイシャツを長谷の腕から抜き取った矢田は、別のハンガーにネクタイとともにワイシャツをかける。  随分ゆっくりと行われているそれが、愛撫の始まりのように感じられた長谷は、矢田に悟られないようふるりと小さく震えた。

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