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第44話
燻る熱を抑えつけながら電車を乗り継ぎ、ようやく自宅へとたどり着いた長谷は大きなため息をつく。
そういえば食事を食べ損ねていたな、と気づいた途端に腹の虫が騒ぎ出したので、ジャケットを脱がずにソファーへどかりと座り、二つ並んだドーナツの片方を取り出した。
濃い緑色の輪をかじると、砂糖の甘みと抹茶の苦みが口の中に広がる。鼻に抜ける香りを楽しみながら咀嚼していると、スマートフォンがぶるりと震えた。
空いている方の手でロックを解除しメッセージアプリを開くと、矢田から連絡が来ていた。
『ご飯、ご馳走できなくてすみません。また今度何か奢ります』
正直もう会社の外で会うのはこれきりだという覚悟もあった。だからこそ「また今度」があるということに安堵しつつ、フリック入力で文字を打ち込む。
気にしなくてもいいよ、まで入力したところで続きをどうしようかと考えていると、再度スマートフォンが小さく震えて矢田からのメッセージがまた送られてきた。
『勿論、部長が嫌じゃなければですけど』
「……可愛いところもあるじゃないか」
文字にできない気持ちを口に出しながら、次も矢田くんのおすすめの店を教えてくれないかな、と返信して画面を伏せる。
二つ目のドーナツに手を伸ばしたところで机の上の機械がもう一度震えたため、手に取るともう返事が来ていた。
『本当に、部長は俺のこと好きなんですか』
たまらなくなった長谷はメッセージアプリの受話器をかたどったボタンを押す。コール音が数回鳴ったあと、シーツが擦れるような音と怪訝そうな矢田の声が聞こえてきた。
「……まさか、電話で振るつもりですか」
「その逆だよ……僕は、本当に君のこと、好きだからね」
「最初あんなふうにからかったのにですか?」
痛いところを突かれてどきりとする。が、ここで引き下がれるような状況でもなくなった。
電話口の彼に悟られぬよう大きく深呼吸した後、長谷は口を開く。
「最初はね。君の裏アカを見つけて興味本位で声をかけたんだけど」
「はい」
「矢田くんの優しいところとか、セフレなのにちゃんと僕を楽しませようとしてくれるところとか、そういった所に惹かれて……こんなおじさんに好かれても気持ち悪いだけだろうとは思うけど」
「……それは、ないので大丈夫です」
「そうか……それなら、よかった。それだけだよ、時間取らせてごめんね」
矢田の声が聞こえた気がしたが、構わずに通話終了のボタンを押す。サイレントモードに切り替えてスマートフォンを適当な場所に置くと、食べようとしていたドーナツを一口かじる。
同じ種類の筈なのに、やけに甘ったるく感じたのは今の自分の気持ちが浮ついているからだろうなと思った長谷は、天井を見上げて伸びをした。
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