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第45話
矢田と顔をしっかり合わせたのは、あの夜が最後だった。
復旧に時間のかかるトラブルが起こったり、突発的な業務が発生したりしたせいで仕事が立て込み、連絡といえば業務のやりとりばかり。返事を打ちながら、無意識に文末を柔らかくしようとする自分に気づいて、そっとため息をつく。
――彼とちゃんと会って話したい。けれど、そう思えば思うほど、時間は容赦なく過ぎていった。
一週間ぶりに迎えた土曜の朝、慌ただしかった週末とうって変わって穏やかな空気が漂う。見慣れているはずの部屋は、やけに静かだった。
カーテンの隙間から差し込む光が、床の上で淡く揺れる。コーヒーを一口含むと、少し熱いぐらいの温度と苦味がゆっくりと喉を通っていく。
テレビでもつけようかとテーブルの方へ手を伸ばすと、リモコンの横に置かれていたスマートフォンが不意に震えた。
画面をつけて差出人の名前を見た瞬間、胸の奥で何かが小さく跳ねた。
――矢田くん。
『今日、少し会えませんか』
ただそれだけ書かれた短いメッセージだった。それなのに、指先が勝手に動く。
『いいよ。何時にする?』
送信ボタンを押したあと、わずかに震えている自分の手に気づく。
たった数文字で、こんなにも体温が変わるなんて。
両手を握り込みながら何度も深呼吸すると、着替えるために長谷は立ち上がった。
矢田が指定した長谷の最寄り駅近くのカフェに着くと、まだ待ち合わせの時間には少し早かった。
まず席についてから連絡をしようと思い、どこに座ろうかと辺りを見回す。すると、テーブル席の奥――窓際の方から視線を感じてそちらを見る。
矢田が、こちらに気づいて立ち上がった。
軽く手招きをされたので足早に近づくと、正面に座るよう促される。
椅子を引いて座ると、沈黙を破ったのは少しだけ気まずそうな様子の矢田だった。
「……来てくれて、ありがとうございます」
「こちらこそ、誘ってくれてありがとう」
「いえ……」
そのまま何を話すでもなくテーブルの上に組まれた手を長谷が眺めていると、お冷やを持ってきた店員にオーダーする。
「アイスコーヒーで」
「あ、俺も同じのください」
長谷はすぐに去っていった店員をなんとなく見送ると、自分のことを見ている矢田に気づく。
何かを話したそうな表情をしているが、急かすことなくお冷やを飲んで彼を待つ。
「あの、部長。俺、実は……」
そのまま口ごもる矢田を責めることなく見つめていた長谷は、穏やかな微笑みを浮かべながら口を開いた。
「……まずは、僕の話からしてもいいかな」
矢田が小さく頷くと、長谷はゆっくりと話し始めた。
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