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第46話
「僕も、まあそれなりに遊んでいたこと……君も気づいてると思うけど」
「……はい」
「僕は昔、付き合っていた人が女の人のことを好きになって、別れてほしいと言ってきたことがあってね」
「は……?」
何年も前の話なのに、今起こった話かのような熱量で怒ろうとした矢田を笑顔で制止して、長谷は続ける。
「当時は僕も若かったから、すごく落ち込んで……それで、もう本気の相手を作らないと思っていたんだ」
「だったら、俺のことも」
「違うよ」
「え……?」
「……違うよ」
会話が途切れたのを見計らっていたのでは、と思うような状況で店員がアイスコーヒーを二つ持ってきた。
長谷が一口飲むと、矢田もそれに続くようにグラスを取った。
沈黙が二人の間を流れ、話を再開するタイミングをお互いに探る。先に口を開いたのは、長谷の方だった。
「前にも話したけど、最初は君とのことを一晩限りの関係で終わらせるつもりだったんだ。次の日から何でもない顔で仕事して、どぎまぎする矢田くんの顔を見るのも悪くないな……っていう興味本位でね」
「うわ、マジですか」
「うん、マジだよ。写真を撮られた時はしまった、って思ったけど……まあ相性も良かったし別にいいかっていう気持ちもあったんだ」
「なんかこの状況でこういう事言うのもアレですけど、部長もなかなかいい性格してますよね」
「……君より色んなことを、してきているからね」
「……経験値自慢ですか?」
「ふふ、自慢になるほどじゃないよ」
長谷は氷の音を響かせながら、グラスを口元に寄せる。
「ただ――君が最後だといいなって思ってる」
「…………」
不意に落とされた言葉に、矢田は一瞬返事を失った。
慌ててグラスを持ち直すが、氷ばかりがカランと音を立てて、中身は喉を通らない。
「な、なんで急にそういうこと言うんですか……」
「本当のことを言っただけだよ」
微笑む長谷の瞳に、いつもの茶化す光がなくて――矢田は耳まで熱くなるのを誤魔化せなかった。
「……なんか、ずるいですね」
「ずるいのは君の方だろう」
「え?」
「こんなに揺さぶられるのは、初めてなんだから」
指先がテーブルの下で触れ合った瞬間、矢田は声にならない息を呑む。
驚いて顔を上げると、長谷はわざとらしいほど何もなかった顔をしていた。長谷はそれ以上、手を重ねることなくグラスを持ち上げてしまう。
(……ほんと、ずるい人だ)
喉の奥が熱くなり、言葉が出せない。
けれど、確かに触れた温もりだけは消えなくて――胸の奥に残り続けた。
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