48 / 68

第48話

 電車を乗り継いで矢田の最寄り駅へ向かっている十数分の間も、彼は口を利かなかった。長谷は彼の心中を察し、特に話しかけることもなくスマートフォンを適当に弄って時間を潰していた。  仕事のメールを確認しようとしたら間違えて別のアイコンをタップしてしまい、いつも使っているマッチングアプリのホーム画面が表示される。  馴染みの男たちから連絡がちらほら来ていたが、長谷はそれを開くことなく退会ボタンをタップした。  惰性でアプリを入れ続けていたが、最後の恋へのけじめをつけるために裏の顔を持つのはもうやめにしよう――そう思い処理を進め、退会が完了しました。の文字を確認してアプリを端末から削除した瞬間に矢田の最寄り駅へ到着した旨のアナウンスが流れる。  ぎこちなく歩を進める矢田の隣を歩いている時に、気になったことを聞いてみた。 「そういえば、アカウント消したんだね」 「っ……今その話します?」 「今だからだよ。僕もアカウント、消したよ」 「……そう、ですか。まあ、俺ももう必要ないかなって思ったんですよ……身バレも怖いし」  身バレも、と言う言葉とともに横目で長谷の方を見た矢田は、感情がよく読めない表情をしていた。  長谷は視線を絡ませたあと、彼を見つける原因になったホクロへと目を滑らせる。  相変わらず綺麗に並んでいるそれをじっと眺めていると、やはり好きだなあという気持ちが長谷の心の奥底に溜まっていく。 「何見てるんですか」 「君のホクロ、相変わらず綺麗だなあと思ってね」 「あは、ほんと好きですね」  若干柔らかくなった表情を見て少しだけ安心した長谷は、しっかりと前を向く。  程なくして一週間ぶりに訪れる矢田の自宅マンションへたどり着く。オートロックを解除し、エレベーターに乗り込んだときに矢田が念を押すようにもう一度口にした。 「あの――本当に、俺のこと話しても、見る目や対応が変わったりとかしませんか……?」 「勿論。あ、でも内容によっては驚きはするかもしれないけど……そこに関しては構わないかな」 「それは構わない、です……」  またしおらしくなった矢田の様子を不思議そうに見ていると、すぐにエレベーターが止まる。  もう探さなくてもわかる矢田の部屋のドアの前に二人並んで立っていると、家主が落ち着かない様子で玄関ドアのロックを解除した。

ともだちにシェアしよう!