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第51話
「あの、部長。話す前に一個確認したいんですけど」
「なんだい」
「笑ったりとか、しませんか?」
「しないよ」
長谷の目から見ても心臓が口から飛び出るんじゃないかと思うほど緊張している様子の矢田が、ぽつぽつと話し始めた。
「その……俺、家がああいう家じゃないですか。だから、学生時代とかって『俺自身』じゃなくて『俺の家』に興味のある人が多くて。今まで付き合った彼女とかも、俺自身のことが好き。とか言っときながら友達の前では矢車モータースの御曹司が彼氏なんだ、とか言うんですよ」
「……うん」
膝の上に置かれた矢田の手が震えているのをちらと見ながら長谷は相槌を打つ。
「学校だって似たような立場の子供が通う所に通わされてたから、そんなことないとか思ってたんですけどね。どうもそう上手くは行かないみたいで、俺がどれだけ頑張っても、愛想よくしても、周りの人間全員俺のことなんか見てなかったんですよ」
「そんな……」
長谷は矢田に慰めの言葉をかけたい気持ちをぐっとのみ込みながら、黙って彼の話を聞き続ける。
「で、家は家で優秀な兄が家業を継ぐことはほぼ確定で。就活が始まるか始まらないかの時期に父親に『恵介には子会社にポストを作ってあげよう。就活はする必要ない』なんて言われて」
吐き捨てるように言った矢田を、眉間に皺を寄つつも長谷は彼の言葉を受け止める。
「別にあんな会社に価値があるとは感じなかったから自力で就活して今の会社に入ったんです。まあ、さすがに社長にはバレちゃってますけど……あの人は、口が固いんで」
「……そう、なんだ」
「はい。で、まあ就職して家を出てからは俺はただの矢田恵介として平々凡々な生活を送ってたんですけど、どうしても人肌恋しくなる時があって。でも彼女や彼氏は作る気がなかったんでアプリ使って俺のことなんて知らない相手とヤりまくってたんです。ま、こんな家に呼んだら多分バレると思ったから、セフレを家に呼んだのは部長が初めてなんですけどね」
「それは、嬉しいな」
「それって『矢車モータースの御曹司』の自宅に入れたからですか?……部長も、皆と同じなんですか」
冷たい声で言い放つ矢田の目に温度は一切感じられず、長谷はごくりと唾を飲み込む。
彼が抱えてきた孤独と苦悩は、どれほどのものだったのだろうか。想像もつかない苦しさに自分まで胸が痛くなった長谷はすっと立ち上がると、矢田の隣に腰を下ろした。
広いリビングに二人身を寄せ合い、俯いた矢田に長谷は微笑みながら語りかける。
「違うよ。たくさんのセフレの中から、僕自身を選んでくれたこと。それに、辛かったことや虚しい気持ちを僕に話してくれたこと、嬉しかったよ。なんだか、君に選ばれたような気がして」
「なっ……」
「……今まで、よく耐えてきたね」
長谷が矢田の頭に手を置くと、矢田の表情がくしゃりと歪み、目から大粒の雫がぽろぽろとこぼれ落ちた。
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