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第52話
長谷は涙を拭うように矢田の頬を両手で包み、真正面からその目を覗き込んだ。
「……恵介くん。御曹司の立場でも、君の肩書きでもなくて、僕は君がいいんだ、君だから……いいんだ」
言葉は思いのほか素直に口をついて出る。
「過去にどんなことがあったって構わない。遊んできた夜も、寂しさも、強がりも――全部僕が受け止めたい。そのぐらい、君のことを好きになってしまったんだ」
矢田の瞳が大きく揺れる。今まで幾度となく囁かれてきた「好き」という言葉とは、まるで熱の質が違った。
名前を呼ばれ、個人として望まれたのは初めてだったからだ。
「……信じても、いいんですか」
震える声がようやく絞り出される。
「矢車モータースの御曹司じゃなくて、矢田恵介として……?」
長谷は微笑んで、その額にそっと唇を触れさせた。
「うん。これからは、孤独を一人で抱えなくていい。僕と一緒に笑って、泣いて、過ごしてほしい」
一度引っ込んだはずの涙が再び溢れ出し、矢田が長谷の胸に体を預けると、長谷は優しく彼を抱きしめる。
温かさが矢田の全身を満たし、これまで空虚だったマンションの部屋が初めて「帰る場所」に変わった気がした。
「――譲さん」
「なんだい、恵介くん」
「俺、譲さんと恋人になってもいいんですか?その資格、ありますか?」
「もちろんだよ。むしろ、僕みたいなおじさんでいいのかい、君は」
「いいに決まってます。というか……譲さんが、いいんです。全く興味ない相手は最初っから相手になんかしません」
ようやく年相応の表情を見せた矢田の頭をくしゃくしゃと撫でた長谷は、改まった様子で口を開く。
「矢田恵介くん」
「はい」
「僕と恋人になってくれますか」
「……はい」
二人とも泣きそうな笑顔で顔を寄せ合い、そっと口づける。今までしたどんなキスより満足感のあるそれの感覚を二人は暫く噛み締めていた。
矢田が落ち着くまで肩を寄せ合いながら何を話すでもなく過ごしていると、いつの間にか日が高くなっており昼近くになっていたことに気づく。
「譲さん、何か作りましょうか?この前のリベンジ、させてください」
「うーん……料理もいいんだけど……その前に、改めて触れ合いたいなって思うんだけど……恵介くんはどうだい」
「えっ……?」
「君とセックスしたいってことだよ」
耳元に口を寄せて囁くと、耳まで赤くした矢田が目を丸くして長谷を見つめる。
「っ……!ほんと、エロすぎますって……!」
「はは、嫌かい?」
「むしろ嬉しくて心臓が持たないです……」
頭を抱え、普段の余裕たっぷりな様子とは随分かけ離れた雰囲気の矢田を微笑ましく見ながら、シャワーを借りてもいいか長谷が聞くと矢田はこくこくと小さく頷いた。
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