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第53話
長谷はシャワーを浴びる前に一旦トイレを借り、脱衣所に入ると矢田がその間にタオルと着替えを用意してくれていた。
どうせすぐ脱がせるのにわざわざ服を準備してくれるなんて、なんと律儀な男なんだろうか――と口角が上がった長谷はシャツのボタンを外し始めた。
ガラス戸を開け、栓をひねり適温になるまで待つ。温かくなった湯を全身に浴びながら久しぶりの恋人同士のセックスをこれからする事実を噛み締めていると、尻の奥がずくりと疼いた。
すぐに挿入できるように一旦解しておこうか、と一瞬考えたがおそらく恵介くんのことだからそういったことをするとまたいろいろ考え込んでしまうだろう……と結論づけた長谷は湯気の立ち上る空気を吸い込みながら、身体の表面を念入りに清めることだけに専念した。
ふわふわのバスタオルに水分を吸わせ、ボクサーパンツを履いた後に着心地のいいTシャツと、スウェット素材のズボンを履いてリビングへ戻ると、手を組んでそわそわとしている矢田と目が合った。
「ゆ、譲さん」
「ん?もうベッドへ行くかい?」
「ちがっ……!俺も、シャワー浴びてきます」
ぎくしゃくとした動きで部屋を出ていった矢田を見て、長谷の口角がくいと上がる。
マッチングアプリを使って男女問わず不特定多数の人間と寝ていた男が、まるで初めての行為をする直前のような動きをしているのがとても愛おしい。
自分だって余裕ぶってはいるが、心臓がはち切れそうになっているのを彼は知っているんだろうか――と一人頬杖をついて窓の外を見ていた長谷の耳に、脱衣所の扉を閉める音が聞こえた。
待っている間どうにも落ち着かず、仕事用のメールボックスをひたすら開いたり閉じたりだとか、適当なニュースサイトを閲覧したりだとかしていると、お湯で温まっただけにしてはやけに頬を赤らめた矢田がおずおずとリビングへ戻ってきた。
「あの、ベッド、行きましょうか」
「うん……行こうか」
すっと立ち上がり棒立ちになっている矢田の首の後ろへするりと腕を回すと、可愛い年下の恋人は面白いぐらいに目を白黒させる。
こういうのも悪くないな、と思いながらどうにか緊張をごまかせた長谷は矢田の指に自らの指を絡めると、妙にかしこまった矢田がゆっくりと手を引く。
鼓動がいやにうるさく、寝室までの数歩がやけに長く感じる。矢田がドアノブを握るが、そのまま動かない。
「恵介くん」
「あの、ほんとに……セックスして、いいんですか」
「いいに決まっているだろう。恋人なんだから……それに、僕も君と繋がりたくてたまらないんだ」
何故か泣きそうになった矢田の手を握ると、そっと握り返される。ドアノブを下ろした音が、やけに耳の中に響いた。
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