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第62話

 自然と二人一緒に風呂へ入ることになり、広めの浴槽で身体を寄せ合って温かい湯に浸かる。  入浴剤の香りと暗めの照明に長谷がふう、と息をつくと矢田がはにかんだ。 「譲さん、湯加減いかがですか」 「うん、気持ちいいよ」 「そうですか。よかった……」  彼がこの関係をセフレと言い張っていた頃から長谷は薄々感じていたが、矢田は好きな人を甘やかす癖があるようだ。  この歳になっても大事に扱ってくれる人がいることに嬉しさを噛み締めつつ、自分も彼を大事にしていこうと誓うのだった。  何を話すでもなく、しばらく並んで湯に浸かって心地良い時間を過ごしていると、矢田がくすぐったそうに笑う。 「なんだか、夢みたいです」 「夢?」 「はい。譲さんと、こんなふうに……恋人として一緒に過ごしてるのが」 「現実だよ……僕も、夢みたいに思ってるけどね」  そう返すと矢田が少し照れくさそうに肩に額を寄せてきた。  温かな湯と体温に包まれて、互いの胸の奥がじんわりと満たされていく。  風呂上がり、髪を乾かし合ってから昼に甘い時間を過ごした寝室に並んで横になる。  あのときの明るい感じとは打って変わって夜の色が入り込んだ薄暗い部屋に、二人の吐息だけが静かに響いた。 「……譲さん」  隣からそっと呼ばれ、顔を向けると、矢田が控えめに唇を寄せてくる。軽く触れるだけの口づけだったが、甘さは十分に伝わってきた。 「もう一回してくれないかな」  つい笑ってせがむと、今度は少し長めに唇を重ねてくる。頬が熱を帯び、胸の奥までじんわりと痺れるようだった。  何度か唇を重ねては、名残惜しそうに離れていく。  そのたびに矢田が小さく笑って、長谷の頬を撫でてくる。 「……譲さん」 「ん?」 「もっと触れていたいけど……今日は、これで十分です」 「そうだね……僕も、同じ気持ちだよ」  自然と額を寄せ合い、しばらく目を閉じる。胸の奥に火が灯ったように熱いのに、不思議と穏やかで満ち足りていた。  欲しい気持ちはある。けれど、それを自然と抑えられるのも恋人だからこそだ。  互いに抱き寄せ合い、唇ではなく肩口に顔を埋めて、ただ静かに息を揃える。 「……幸せだなあ」 「はい、俺もです」  繋いだ手の温もりを確かめながら、長谷は小さく囁く。 「こんな夜が、ずっと続けばいいのになあ」 「続きますよ……俺が、ずっと隣にいますから」  矢田の言葉に、自然と笑みがこぼれる。  そして再び唇を重ね合いながら、二人は穏やかな夜に沈んでいった。

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