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エピローグ③

 朝食を終えて片付けを済ませると、自然な流れで「じゃあ、準備しようか」ということになり、長谷は食器洗いを買って出た。  その隣で矢田は食器を拭きながら、ふとこちらの方を見る。 「譲さん、どんな服で行きます?俺の手持ちで大人しめのやつなら着られそうですかね……」 「そうだね……でも、矢田くんと並ぶと僕、ますますおじさんに見えちゃうかなあ」  冗談めかして言うと、矢田はタオルを置いて真剣に首を振った。 「そんなことありませんよ。それに、そんな事言うやつがいたら俺がどうにかしてやります」 「どうにかって君ね……」 「いけませんか?好きな人を嫌な気持ちにさせるやつって許せないんで……」  あまりにも真面目な口調でとんでもないことを言う矢田に、長谷は思わず口元を綻ばせる。  寝室に戻り、二人並んでクローゼットを開く。シャツやジャケットを選びながら、矢田がふと声をあげた。 「このブルーのシャツ、譲さんに似合うと思います」 「これ?……若作りに見えないかい?」 「見えませんって。むしろ爽やかでいいです」  押し切られるように袖を通してみると、意外としっくりきて、長谷は内心驚いていた。  身支度を整えていると、矢田が急に近づいてきて、手を伸ばす。 「……襟が、ちょっとめくれてます」 「あ、本当かい?」  矢田の指先が喉元に触れて、軽く襟を整える。その近さに、長谷の鼓動が不意に速くなる。 「はい、完璧です」  笑顔で見上げてくる矢田があまりにも眩しくて、思わず頭を撫でた。 「……ありがとう」  出発前、どこかへ無意識に置いてしまったスマホを探してリビングをうろうろする長谷を見て、矢田が小さく吹き出す。 「譲さん、スマホここです」  ソファに置きっぱなしになっていたスマホを差し出され、長谷は照れくさそうに受け取った。 「はは……たまにうっかりしてしまうんだよね、こういうの」 「いいんですよ。俺が隣にいれば忘れ物しませんから」  靴を履き、玄関に並んで立つ。  ドアノブに手をかけた矢田が、ふとこちらを見て言った。 「譲さん、楽しみですね」 「ああ……恵介くんと一緒に行けるのが、本当に楽しみだよ」  自然と手が伸びて、指先に触れる。互いに軽く握り合ってから、笑みを交わす。  こうして二人は、恋人として初めてのデートへと足を踏み出したのだった。

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