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第七話「四回目リセット前夜」
「ハク、ジェラートを食べにいかない?」
リセットまで残り一か月となった。残り少ない今のハクとの時間を、大切に過ごしたい。
「いいよ。俺は今日こそ、食べたことない味に挑戦する」
「いつもそういうくせに、結局抹茶味は頼むよね」
本日のリクエスト曲を二曲とも覚え終わったハクと、メアリのジェラート屋へ出向く。
「ハーイ!ハク、ルイ。今日のおすすめはパッションフルーツと、フローズンヨーグルトよ。変わったところだとレモンマートルはどう?」
ハクは、カラフルなフレーバーが並んでいるショーケースを真剣な表情で見たあと、オレのことをチラッと見た。
「いいよ、好きなのにしなよ。抹茶とマンゴーでも笑わないよ」
そういうと少し拗ねたような顔をするから、可愛い。
「パッションフルーツとフローズンヨーグルトと……、抹茶のトリプルで」
オレたちのいつものやり取りを知っているメアリがクスクス笑いながら、コーンにジェラートを盛り付けてくれる。
「それにしても綺麗ね。ハクの髪。プラチナだわ、輝いている。その綺麗に色が落ちていくってシャンプー、私にも教えてほしいくらいよ」
髪色が白に近づいていくことをクルーたちには、特殊なシャンプーのせいだと伝えてあった。
髪がかなり白くなってきたハクは、少しずつ食欲が落ちている。ジムへも足が遠のき気味だ。穢れが身体に蓄積することによる体調不良が始まったのだ。とはいえジェラートは食べやすいようで、トリプルに盛られたものをうれしそうに受け取っていた。
カフェのドアから外へ出た。太陽がキラキラと海を照らしている。日陰を探し、真夏の風に当たりながらジェラートを食べ始めた。今は二月の南太平洋クルーズだ。二人とも、ポケットに入れてあったサングラスを掛けるほど眩しい。
「あのね、ハク。今のうちに伝えておきたいことがあるんだ。ハクの生まれた村の話だよ」
サングラスでオレの表情が見えないのは都合がいい。
「ルイが、ずっと調べてくれていたことだ」
「そう。調査結果、という形で、聞いてもらいたい」
ハクはコクリと頷いて、大好物の抹茶ジェラートを口に運ぶ。
「まず、ハクの家系は「ひびきさま」という名で大昔から信仰対象とされていた。山間部にある村に暮らし、巫女、まれに男巫が歌うことで村の人を癒していたんだって。その土地に根付く神様の声を、届ける存在だったんじゃないかな。土着信教だね。言い伝えでは、神と人間が交わって生まれたのが初代ひびきさまらしい」
ハクは今度はフローズンヨーグルトを口に運び、いまいちだったのか首をかしげる。
「ハクのおばあさんもひびきさまだったんだ。でもね、ひびきさまは代々、力が小さくなっていて、おばあさんも行事のときに歌うだけだったって。おばあさんの前のひびきさまも、前の前も、ハクのような強い力があった訳ではないらしい。だけどその土地では愛された存在で、信者の皆が助け合う良い組織だったって記録が残ってる」
「ふーん」
「そんな平和な村に突然現れたのが、オレのおじいちゃん。おじいちゃんは、ひびきさまを利用して、宗教団体「響音の郷」を設立した」
「きょうおんのさと?」
「そう。響く音と書いてきょうおん。巨大な宗教団体にするために、村に本殿を建てて、お金を使って宣伝をして、誇大なことを言って信者を集めて、さらにはお布施を巻き上げて。結局、おじいちゃんは志半ばで水難事故で亡くなったんだけど、長男であるリュウが当主となって教団を継ぐことになった。リュウはオレの叔父さんに当たるんだ。つまり、ジンの兄で、オレの母親の弟」
次に口に運んだパッションフルーツ味はとても美味しかったらしく、オレに「食べる?」と聞いてくれた。だから「アーン」と口をあけ、スプーンで味見させてもらう。こんな話をしていても、ニッコリしてしまうほど、美味しかった。
「リュウが当主を引き継いだ時点で、村人以外にもかなりの数の信者を抱えていた。教団には借金もたくさんあった。リュウも大変だったんだと思う。だから、おじいちゃんが大風呂敷を広げたひびきさまの力を、本物にしようとした」
「そんなことできるのか?」
「ひびきさまの末裔であるハクに、下手したら死んじゃうような厳しい修行をさせ、深層に眠る力を開花させ、神に仕立てた。男巫を神へと進化させたんだ」
「あぁ、そういうこと」
ハクは自分の右足首を見た。そこには大きな傷跡がある。ただれたような痕が背中にもある。これらはおそらく修行のときについた傷だ。
「実はオレ、その頃のハクに一度だけ会ったことがあるんだよ。たくさん怪我をしていて、びっくりした」
「へー。覚えていたかったな、少年ルイに会ったときのこと……」
あの頃のことを覚えていたら、それはハクにとって辛い記憶だったはずだ。
「力が開花し男巫から神になったハクは、リュウの元で二年くらい歌っていたみたい。その頃の信者は、聴くと最高に幸せな気持ちになるハクの歌声に感激し、崇め奉った。「ひびきさまは本物の神様だ」ってお布施もたっぷり納めて」
「そこにジンが現れたってこと?」
「そう。ジンは教団を解散させたいと思っているみたい。だからハクを誘拐し、この豪華客船に閉じ込めた」
「ふーん」
「現在リュウはね、ハクが姿を消したことすら、宗教心が足りないからだ、お布施が足りないからだって信者に厳しく当たっているらしい」
「ひどい」
「うん。本当にひどいよ。「ハクが再び私たちの前に現れれば、全て救われ幸せになれるのです」って無茶苦茶な教えだよ」
「ジンはね、そもそも宗教団体というものが嫌で、十八歳で家を出て都心の大学に行き、実業家になった。きちんと経済活動をして、金を儲けるべきだって考えなんだろうな。恐怖を煽ってお布施させるとか、そういうのが大嫌いなんだって。じゃ、ハクのステージを見るための高額代金は何?って聞いたら、あれはハクへの対価だって言ってた。ハクの持つ能力は、それだけの価値があるし、みんな納得して払ってるって」
「ふーん」
「オレからしたら、似たように感じる部分もあるよ。でも少なくともジンはリュウのようにハクの身体を傷つけたりはしないよね。ハクのために村に生える薬草だって手に入れてくれるし」
薬草は村では、古来から風邪などに効く万能薬として使われているらしい。ハクのリセットのときには、それを百倍の濃度で服用する。ジンはハクに服用させる前、研究機関で効能を調べたらしい。毒性はないが、なぜ効くのかも分からない、という結果が出たという。おそらくオレが飲んでも何の変化もおこらない。
結局、神秘という言葉で片付けるしかないものが、あの村には存在するのだ。
「それでね、ここからが本題。ハクが生まれた村には御神木とされる大きな樹が一本、生えているんだ。調べていく中で分かったんだけど、おそらくその樹の近くに暮らしていたら、歌うことで負う穢れを、御神木が引き取ってくれる」
「ん?つまり髪は白くならない?」
「そう。現在、ハクが負っている穢れは、御神木が近くにいないから、地に返すことができない。よってハクの身体に溜まってしまうんだ。御神体とひびきさまの歌声が持つ力は対になってる。離れ離れになっていることで、無理が生じている」
「ふーん」
「以前にも、一人のひびきさまが歌声を求められ都へ出たことがあるらしい。そのときも、髪が白くなって、体調を崩した。対処として薬草を服用し記憶をリセットしたんだって。文献にその記述が残っている。ジンはそれを参考にして、ハクに飲ませる薬草を用意してたんだ」
ハクが持っているジェラートがドロリと溶け、彼の膝の上にベチャッと落ちた。
「うわっ、ティッシュ、ティッシュ」
急いで拭いたけれど、二人とも手がベタベタになって、オレたちは話を中断し部屋へと戻った。
二回のステージが終わり眠りに落ちる前、ベッドの中で少しだけ話の続きをした。
「リュウと信者たちは、今もハクのことを必死に探しているんだ。とはいってもシャングリラ号の中にいることにはもう気が付いているだろうね。でも、ジンのセキュリティのお陰で手を出せずにいる」
「ふーん」
「ハクがね、これからリセットをせずに生きていくには……」
「村に戻って、響音の郷の「ひびきさま」をするってこと以外にも、方法があるのか?」
大きな欠伸をしながら、ハクが聞く。
「ハクの能力を無力化する方法を探し出す」
「そんな魔法みたいなこと無理だろ。それに無力化しちゃって人を幸せにできなくなった俺じゃ、いざというとき、ルイを助けてあげられない」
「そんなことないよ」
「あるよ。俺は歌う以外のことは何もできない。知識をないし、技術もない」
「オレはハクが居てくれるだけでいいのに。じゃ、もう一つの案。ジンの守護を捨ててシャングリラ号を降り、尚且つリュウの追っ手から逃げて、歌わずに生きていく」
「ルイと二人きりで無人島みたいなところで暮らしたいな。オレが魚を取るから、ルイが料理をしてよ。マンゴーの木がある無人島がいいな。木の上に家を作ろう」
ウトウトしながらそんな妄想を話すハクの髪をそっと撫でる。
「無人島でさ、ときどきルイのために歌うよ。そしたらルイも悲しそうな顔をしなくて済む……」
「ハク……」
もう返事は無かった。スースーと気持ちの良さそうな寝息が聞こえるだけだ。
そして瞬く間に残りの日々が過ぎ、明日には四回目のリセットだという夜。
オレは我慢ができずに、ベッドに横たわるハクの手を取ってボロボロと泣いてしまった。
「ごめん、辛いのはハクなのに。オレが泣くなんて」
「違う。ルイのほうが辛いはずだ。だって俺は辛い気持ちをどうせ忘れてしまうのだから」
「ハク……」
そのとき、ハクがベッドに横になったまま小さな声で歌い始めた。三年九ヶ月前にオレのために歌ってくれた曲だ。あのときリクエストした中学生の頃の思い出の曲。
歌声が身に沁みて、心に重くのしかかっていた苦しみがほぐれ、癒えていく。だんだんと、リセット後の日々にも希望があると思えてくる。悲しくて寂しいけれど、その先を信じられるような温かな気持ちに満たされる。
ハクの歌声でまた救われたのだ。
「ハク、ありがとう。でもどうして……」
「マユミさんに聞いた。あの人、日記をつけてるらしくて。そこに客とリクエスト曲のメモも記載してるっていうから、過去にルイに歌った曲を調べてもらった」
「うれしいよ、体調悪いのに歌ってくれて。おかげでオレは幸いを知れた」
握ったままの手に愛を込め、ギュッギュッと力を加える。
「あのさ、ルイ。頼みがあるんだ。リセット後の新しい俺に向けて手紙を書いた。だからそれを次の俺に渡して欲しい」
「手紙?」
「そう。ルイが説明しなくてもいいように、俺の知っていることを書いておいた。それから、俺はルイを好きだってこともちゃんと書いた。あと、ルイは悲しんでるから歌を歌ってあげてって頼んでおいた。あっ恥ずかしいから、その手紙、ルイは見るな」
「ハク」
「一度にたくさんの情報を与えたらダメなんだろ?だから、大きな封筒の中に七つの手紙を入れた。一日一通読むようにって指示書もつけた。そこの引き出しに入っているから。頼んだ、ルイ」
オレは愛する人を、ただただ抱きしめることしか、できなかった。
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