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第18話 救いを求めて ※

 自分を弄ばれ始めてからどれくらいの時間がたっただろうか。なんで僕がこんな目に遭わなければいけなかったのか、力があれば今すぐにでもこの男を殺してしまえるのに――。そう思ってしまうぐらい心が折れそうになる行為が続いている。男はこちらの反応を楽しむように胸の上にまたがって下卑た笑みを浮かべていた。男を見上げながら僕は歯を食いしばり、がんとして口を開けないようにしていた。男のズボンからは、いきりたつ黒い一物がまるで意思を持つように少し上下しながら僕の顎を叩いてくる。抵抗しようにも僕の両手はこの男の膝の下に挟まれ、もうびくともしない。むしろ感覚すらすでに鈍い。 「まだそうやって折れてないのはいいんだけどなぁ? いい加減飽きてきちまったわ」 男が僕の鼻をつまみ始める。胸の上に載られているため目いっぱい息を吸うことはできない上に、呼吸器官をふさがれてしまった。すぐに息は持たなくなってくる。 「口を開けた瞬間、突っ込んでやるよ。歯ァ立てたらどうなるかわかってんだろうな」 頭が熱くぼぉっとしてくる。肺が苦しい。苦しい。畜生め。悔しい。苦しい!  口を開けて大きく息を吸った瞬間、鼻をつまんでいた指が口の中に入ってきて上顎と下顎を押し広げた。息苦しさとは違う限界まで広げられる口の大きさに苦悶の表情を浮かべると、男は満足そうに笑った。   「わかってると思うが、息は鼻で吸うんだ――ぜ!」 最後の一言で、口の中に男の一物が侵入してくる。口の中いっぱいに広がる嗅いだことのない臭さと、生理的な拒否感。のどの奥を目指して男は体ごと顔に近づいてきた。ほぼ首の上に男の股座が乗っている。男の足が移動したことで両手は自由になったが、正直もうそれどころではない。唇に当たる陰毛の感触も、のどを突かれることによる嘔気も、鼻から吸うときに感じる臭気も、すべてに反吐が出る。  苦しさで目尻に涙がたまり始めた。それを見て男がくっくと嬉しそうに笑っている。 「いいねぇ! ほら、舌使え。わかってんだろ? さっき俺が教えてやっただろ? もう精通してるオトナだもんなぁ!」 男の声に羞恥で顔に熱が入る。僕の反応をみて喜んでいる男に必要以上に燃料をくべたくはないのに。 ほどなくして男の息がどんどん上がってきた。 「イクぜっ! 全部飲めよ!」 大きく腰を打ち付けられて、直接食道へ熱を吐き出される。口の中で痙攣するように何度か跳ねた男根は、勢いを失って口の中から引き抜かれた。男が立ち上がったので、僕は転がるように四つん這いになって、その場で口の中へ自ら指を突っ込み嘔吐した。一秒でも早く、この男の成分を体から出してしまいたくてたまらなかたかった。 「やれやれ、そんなに嫌かい」 当たり前だろう。反論したくても、嘔吐で体力を削られて声も出ない。手先も震え始めている。男が肩をすくめながらこちらの背後にまわってきた。 「それじゃ、もう一段階大人になってみようか」 腰を持ち上げられ、ズボンに手をかけられる。慌てて足をばたつかせると、たまたま足が男の顔に当たった。 「コイツっ!」 男が両足首をつかんで持ち上げられる。一瞬逆さ吊りになって放り投げられる。背中から地面に落ちて、一瞬呼吸が止まった。咳が出て体が丸まってしまう。早く起き上がらねばならないのに。  男が怒りに任せてこちらに拳を振り上げたとき、強い風が吹いて周りの杉林がざぁっと大きな音を立てる。あまりの音に一瞬男が回りを見たが、何もないとわかるとまた男は僕の胸倉をつかんできた。 ――永太ッ! 風に乗って、僕の耳の中に聡一の声が聞こえたような気がした。僕が参道の方向を向いて大きく息を吸って声を出そうとしたところで、口をふさがれる。 「おとなしくしろっ!」 男が音量を落としつつも怒気をはらんだ声で脅しつけてくる。また風が杉の木をなでる。秋の風が細かい土を舞い上げて、僕と男に降りかかる。僕は諦めなかった。口をふさいでいる手を引きはがそうとしつつ、声が出なくても聡一を呼び続ける。 「~~~~っ!おとなしくしろって言っているだろ!」 男に組み敷かれて拳を振り上げる。殴られる。そう覚悟した時だった。視界の端から、何かが飛び出して、僕の上に乗っていた男を突き飛ばした。僕はその姿を見た瞬間、安心で涙があふれた。  飛び出してきた聡一の表情は怒りに染まっていた。突き飛ばされた男はあわてて体勢を整える。 「てめぇっ!」 近くにあった太めの枝をつかんで男が聡一に襲い掛かる。聡一は枝を軽々とよけて男の顎下へ掌底をくらわした。うめき声をあげて男が顎を押さえる。男が落とした枝を聡一が拾い上げて、男に向かってきれいな胴を決めた。うずくまる男に、聡一がそのまま追撃を加えようとしたのを見て、僕はとっさに声を上げた。 「あに様!」 聡一の動きがぴたりと止まる。聡一が僕の方を見て、何故止めるのか、とこちらを見てくる。聡一の顔が怒りと辛さを湛えている。 僕がふらふらと立ち上がって、聡一に抱き着いた。 「それ以上したら、殺しちゃう。あに様に、殺してほしくない」 聡一が怒りに震えている。理性と感情に揺れている。自分を律することに長けたこの男が、僕のために感情的に罰を与えようとしている。 「お願い」 本来であれば男がするべき命乞いを代わりに僕が聡一に懇願した。聡一はただ黙って男を見つめていた。すると、腹を押さえながらよろよろと起き上がる男に、聡一はやっと口を開いた。 「――――他言を禁じる。二度とその面を見せるな」 聡一の声は、普段の温厚さを微塵も感じさせない冷たく低い声だった。 「へ、へへ……」 男が乾いた笑いをあげて、聡一を見ている。もう拳を交えようという意思は感じられないが、男が一歩も動かないことに、聡一の怒りを増長したようだった。聡一は手に持っている太い枝の先を地面にたたきつけた。太い枝の先が折れて跳ね、草むらの中に落ちた。 「失せろ」 鬼気迫る声に小さくうめき声をあげて、男が足をもたつかせながら獣道を下って行くのを僕は見送った。聡一が手に持っていた棒を落として、視線の高さを僕に合わせてきた。悲しさを孕んだ瞳が僕をまっすぐに見つめる。僕ははだけたシャツの釦を留めようとするが、視界がぼやけてうまく釦をかけることができなかった。 「あ、あれ……うまく、いかな……っ」 自分が震えていることに気付いたのはその時だった。聡一が強く僕を抱き寄せる。聡一も、震えていた。小さく聞こえる聡一の嗚咽に、僕はもう我慢できずに声を上げて泣いた。 怖かった。ただ怖かった。よかった。聡一が泣いている。つらかった。つらい。悲しい。なんで、僕が。 一連の出来事で麻痺していた感覚が、受け止めきれない感情の渦が、涙と泣き声とともにあふれてくる。 「あ゛に様っ! ぁ、あ゛に゛様っ!」 聡一は何も言わないが、僕はかまわず呼びかけた。 「ありがと、ありがとぉ! きてぐれ、で、ありが、とぉ! ごべ、ごべんな、さ! ごべんなざい! あり、ありが、とぉぉっ!」 僕は詰まった鼻と嗚咽に苦しみながらなんとか言うと、聡一はそれに応えるようにさらに力を込めて僕を抱きしめた。 「神様……」 聡一が呟いて僕のシャツをぎゅっとつかむのがわかった。震える聡一の体を、わんわん泣きながら僕は抱き返した。聡一は、僕が泣き止んで落ち着くまで、ずっと抱きしめてくれていた。

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