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第5話
家に帰ったら事情をすでに知っていた母親からこっぴどく叱られた。これ以上ないくらい絞られたが最後には腫れた頬を見て悲しそうな表情をさせてしまい、素直に「心配かけてごめん」と謝ると笑ってくれた。
説教も終わりよろよろとベッドに寝転ぶと携帯の通知が鳴る。
[ちょっと話せる?]
律からのメッセージだ。通話ボタンを押すとワンコールで出た。
「出るの早いな」
『メッセ送ってすぐだったから』
「なにかあった?」
『頬の腫れはどう?』
「だいぶ引いたよ」
『よかった。ちぃの可愛い顔に傷が残った山下を東京湾に沈めようと思ってた』
「恐ろしいことをさらっと言うな」
律の荒い部分に引きつつもそれだけ大切に思ってくれて嬉しい。自然と頬が下がる。
『今日のこと、千香子さんに怒られた?』
「いままで一番説教長かったわ。律んちは?」
『……うちは特に。あの人たちは俺に興味がないから』
律の両親は一番になることを望み、それ以外には無関心だった。
小さいときは塾に行きたくないと泣いたこともあったが許してもらえなかったらしい。
だから律は両親のことが苦手だ。
それから喧嘩のあとに保健体育ってどうなのよと話題に変わり、律の声は段々と小さくなっていく。
「どうした?」
『……運命の番っていいよね』
「一つの魂を二つに分けて、生涯離れられないってやつ?」
『うん。すごくロマンチック』
「律がそういうこと言うの珍しいな」
「運命の番」とはアルファとオメガが前世から繋がっているとか一つの魂を二つに分けた存在だとか言われているが、結局のところ運命の赤い糸で結ばれた二人のことを指す。
出会える確率は低く、最早おとぎ話のように語り継がれる。
『うちの両親はお互いアルファだからって結婚しただけで、すごい冷めてるから運命の番だったら俺の環境も違ったのかな』
「でもいまの律があるから俺たち仲良くなれただろ」
『あの事件がなかったらちぃとは友だちにすらならなかったかも』
「その話は禁句!」
お漏らし事件は二人だけの秘密だ。
「でも俺はベータだから律の番にはなれないな」
『……そういうことになるね』
肯定されてなぜかへこんだ。アルファの番になれるのはオメガだけ。ベータの自分はお呼びではない。そんなことわかっているのに輪の外に弾き出されるベータという性が煩わしく思えた。
どうしてそんなことを思うのか自分自身でもよくわからない。
『ちぃんちみたいな温かい家庭って憧れる』
「そうかな? 普通だと思うけど」
『その普通が羨ましい』
律は常にプレッシャーをかけられ人より秀でていないと認めてもらえない不安があるのだろう。だから「普通」に飢えている。
放課後友だちと遊んだり、休みの日に映画に行ったり、家族と旅行にしたり そうやってみんなが当たり前に過ごした経験がない。
「じゃあ今年こそ祭り行こうよ」
毎年近くの神社で祭りがある。昼はお神輿を担いで町内を闊歩したり、夕方には盆踊りを踊ったり、いろんなイベントが催され出店もたくさん並ぶ。
毎年誘っているが塾の模試と被ってしまうらしい。
携帯を握る手に力がこもった。
『今年は大丈夫かも。模試の日程がズレたんだよね』
「本当?」
『もう一度確認してみる』
「やった! 律と行ける!」
『まだ決まったわけではないよ』
そう言いながらも律の声も弾んでいるように聞こえる。
「わかったらすぐ教えて」
『もちろん。じゃあまた明日』
お休みを言い合って通話を切った。
布団に入っても興奮が冷めずにその日はなかなか寝つけなかった。
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