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第7話
中学校に上がると色んな変化がある。
制服や通学路も違うし、近隣の小学校から集まるので六クラスに増えた。
だが一番違いはアルファがいないことだ。
アルファはアルファ専門の私立中学へ進学する人が多い。でもなぜか律は千紘と同じ学ランに身を包み、同じ道を歩いている。
てっきり私立を受験し、もう会えなくなると覚悟していたのに、両親と揉めてまで公立中に進学したらしい。
「俺は同じ学校で嬉しいけど律はそれでいいの?」
「もちろん。まだちぃと一緒にいられる」
何度問いかけても笑ってくれる律にこれ以上言えなかった。千紘もまた律と一緒で嬉しいと心の奥底で思っていたからだ。
人の気配がして振り返ると同じ制服を着た生徒が増えてきた。みんなが律に視線を向けている。
アルファが公立中に進学するのが信じられないのだろう。あの山下ですら都内のアルファ専門学校に進学した。
好気の視線をいくつも向けられても律は無視を決め込んでいる。清々しいくらいのスルースキルだが、逆にこっちが気にしてしまう。
朝のホームルームが始まるまでぼんやりと校庭を眺めていると女の猫なで声が聞こえてきて、無意識に耳をそばたてた。
「ねぇ瀬名川くん、ここちょっとわからないから教えてくれたない?」
「俺より先生に訊いた方がいいよ。それが教師の仕事だろ」
「でも私は瀬名川くんに教えてもらいたいな」
「それ、俺になんのメリットがあるの?」
瞬間、女の顔が青くなり、そしてぎこちない笑みを浮かべて教室を出て行ってしまった。
(あの子、泣いているだろうな)
律は最初からこんな調子なので嫌われそうなものだが、それでもやはりアルファという箔があるせいだろう。入学してまだ二週間なのにアプローチの数は日に日に増えていた。
「席についてください! さっそくですが転校生を紹介します」
担任の後ろからついてきた男に視線が釘付けにされる。律と同じくらい背の高い男で、亜麻色の髪と同じ色の大きな瞳が特徴的だ。白磁の陶器のようなくすみのない肌で、鼻筋が筆を撫でたようにすっと入っている美青年を前に女子たちは黄色い歓声をあげ、なぜか拍手が沸き起こっている。
拍手が止んでから男はにこりと白い歯を覗かせた。
「羽賀伊吹です。引っ越しの手続きが終わらなくてみんなより遅れての入学ですが、よろしくお願いします!」
快活な挨拶は笑顔もプラスされ人懐っこい印象を与える。現に女子はみんな顔を真っ赤にさせて、のぼせていた。
「すごいイケメン!」「このクラス当たりすぎる」「瀬名川くんかどっちか迷う」そんな声が聞こえたのか、律は迷惑そうに羽賀を睨みつけている。
教室全体を見渡した羽賀と目が合うと笑顔を向けられてどきりとした。なぜか視線が外せなくなる。
「じゃあ席は柳くんの隣ね」
「はい、よろしくな柳」
「……よろしく」
「では授業を始める」
担任の声を合図に現国の教科書を広げるとちょんと脇を突つかれた。
「教科書見せてくんねぇ? まだ届いてないみたいでざ」
「いいよ」
机をくっつけて間に教科書を広げると羽賀はノートの端にさらさらと書いたものをこっちに寄せてきた。
『下の名前は?』
『千紘』
『あとで学校案内してよ』
『よく知らん』
羽賀は声もなく笑った。その表情がどこか律と被るような気がしてじっと眺めているとなんの躊躇もなく千紘の目にかかっている前髪を梳かれた。
長い指に髪を撫でられて胸の奥がざわざわと騒ぎ始める。なんだろう、この違和感。
伊吹の手はすぐに離れて前を向いた。撫でられた前髪にばかり意識が向き、授業の内容がまったく入ってこなかった。
「ちぃ」
名前を呼ばれて我に返ると唇を尖らせた律に腕を掴まれていた。
「次、視聴覚室だよ」
「じゃあオレも一緒に」
羽賀が立ち上がろうとすると律はきっと睨みつけた。
「おまえは他の誰かと行け」
羽賀につっけんどんに返した律に引っ張られたまま廊下に出た。掴まれる力が強く「痛いんだけど!」と言うと階段の踊り場でようやく離してもらえた。
「どうした?」
「……別に」
「別にって顔してねぇじゃん」
普段はポーカーフェイスでなにを考えているかわからないと言われる律が目元を赤くさせて拗ねている。珍獣を発見したような嬉しさがあり、つま先立ちをして詰め寄ると形のいい眉が寄った。
「近い」
「なに怒ってんだよ」
しつこく問い詰めると観念したのか律が深く息を吐いた。
「転入生と……距離が近い」
「そりゃ教科書見せてたし」
「筆談してた」
「授業中に話すわけにいかねぇじゃん」
「あいつアルファだ」
「そうなの?」
ベータはアルファとオメガのフェロモンを感じないので誰がどの第二の性なのか自己申告をしてもらわないとわからない。
(確かにあれだけのオーラのある奴がベータなわけないよな)
羽賀がアルファと言われて納得した。
「アルファで公立来るなんて変な奴もいるんだな」
「それ自分のことだろ」
「俺は……」
ちらりと見下され、そして律はすぐ渋柿を食べたような難しい顔をした。
「アルファ同士なら仲良くなれるんじゃない?」
「仲良くする気はない」
「でもいい奴だよ」
「なんで断言できるの?」
「なんとなく?」
根拠もない言葉に律は頭を抱えてしまった。もしかしてアルファ同士は馴れ合うのが好きではないのだろうか。
山下の一件以来、千紘は「怒らせたらヤバい奴」認定されてしまい律以外の友人がいない。
その事情を知らない羽賀とは仲良くできるかもしれないと淡い期待があった。
「とりあえずあいつからは離れて」
「そう言われても席は隣だしな」
「じゃあできるだけ関わらないで」
不安げに律の黒い瞳が揺れ、子どものような独占欲が垣間見える。羽賀に自分が取られてしまうと不安なのだろうか。
「わかった。努力するよ」
そう返すと律の顔に光が差したように明るくなり、なぜか後味の悪さを覚えた。
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