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第8話
コンビニに寄ってぶらぶらと歩いていると同じ学校の制服を着た部活帰りの集団を見つけ罰の悪さから足を速めた。
早く部活を決めなきゃと思うのに怠惰な性格が邪魔をしてずるずると楽な方へと逃げてしまっている。このままじゃだめだとわかっているのに常に努力し続ける幼馴染を間近で見ているせいでやる気の種が腐っていた。
集団を見送り、前を向くとちょうど羽賀が歩いてくるところだった。
羽賀も気づいて、手を振ってくれている。律の言葉を忘れたわけではないが、目が合ったのに無視したら明日から気まずい。
「いま帰り?」
「そう。千紘はどっか行ってたの?」
「いきなり名前呼び?」
今日初めて会ったのにと目を丸くすると羽賀は首を傾げた。
「友だちなら普通名前で呼ぶっしょ。オレのことも伊吹でいいよ」
「それは……」
律の顔が浮かび唇を噛み締めた。律の信頼を裏切っているようで心がずんと重たくなる。
羽賀はぶっきらぼうに後頭部を掻いた。
「母親がよく男を取っ替え引っ替えして名字変わるんだ。だから名前で呼んでくれると嬉しい」
動揺に気づかれてしまったのか羽賀に大人な対応をされてしまうと断れない。
「じゃあそうするよ……伊吹」
「うん!」
伊吹は白い歯を覗かせて笑った。
「そういえばなんで遅れて入学したんだよ」
「母親の離婚に手間取ってさ。もう三回目だっていうのに書類書くの苦手で……参っちゃうよ」
「え?」
あまりにも明るく言うものだから聞き間違いかと思った。親の離婚は結構シリアスな話ではないのか。
伊吹はにぃと笑った。
「慣れてるから平気。それより千紘はどこ行ってたの?」
「コンビニ」
ビニール袋を掲げてみせると羽賀の目の色が変わった。
「もしかして『月刊MUSE』?」
「そうだけど」
「え、じゃあ『サンピス』好き? それライブTシャツだよね?」
千紘が着ているTシャツを指さされ、赤べこのように何度も頷いた。
「もしかして伊吹も?」
「そうそう! 初めて同士に会った!」
「新曲聴いた? あれ、めちゃくちゃかっこいいよな!」
「わかる! ベースがやばい」
ここに人の目がなかったら肩を組んでいたくらいテンションが上がった。
『サンピス』はスリーピースの男性ロックバンドだ。最近メジャーデビューをしたばかりだが、ドラマの主題歌に大抜擢されて人気も知名度も上がってきている。
「もしかして結構ライブ行くの?」
「いや全然。前にいとこと初めてライブ行った一回きり」
「いいな〜オレ、ライブ行ったことない」
「どうして?」
伊吹の口ぶりからかなりサンピス好きが伺える。音楽の楽しみ方は人それぞれだが、現場でしか味わえない臨場感がある。
それを知らないのは勿体ない。
「うち母親オメガだからさ」
その言葉になにも返せなかった。
「抑制剤が効かない人なんだよね。だからまともな仕事できないからいつも金欠ってわけ。ダセェだろ」
さっきまでと打って変わって困ったように笑う伊吹に親近感がより湧いた。
でも母親を貶すような言葉はらしくない気がする。
「そんなこと言うなよ。母ちゃん頑張ってんじゃねぇの」
詳しい事情は知らないけれど、伊吹らしくない態度に感じた。男を取っ替え引っ替えしても母親は伊吹を捨てていない。それだけは事実だろう。
虚を突かれたように目を丸くした伊吹は長いまつ毛を伏せた。
「そう、だよな。頑張ってくれてるよ多分」
「あ……ごめん。よく知りもしないで」
「いいんだ。母親がオメガって言うと大抵見下されるから。自分で予防線張ってた」
伊吹はどれだけ辛い目にあってきたのだろうか。母親がオメガというだけで色眼鏡で見られ、自分を守るために先に自分を傷つけているのかもしれない。
「でも伊吹は伊吹で、母親は母親だろ」
「そこはアルファだからって言わないんだな」
「第二の性は関係ないだろ。正直、オメガとかアルファとか記号みたいなもので、大事なのはそいつ自身だろ」
アルファ家族に生まれた生粋のアルファである律は第二の性に驕らず、幼少期から努力しているのをそばで見てきた。だからアルファがすごい、偉いという考えは持ち合わせていない。
「そんなこと言う奴初めてだ」
「別に変なこと言ってないだろ」
腹を抱えて笑い出す伊吹をじろりと睨みつける。目に薄っすらと涙まで浮かばせてなんだか莫迦にされた気分だ。
「千紘のこと気に入った。これからも仲良くしてよ。サンピスのことも話したいし」
「えっと、それは」
「オレがアルファとか関係ないんでしょ?」
言葉を返されてしまえばなにも言えない。
律の顔が浮かび焦燥感に背中を押されたがただ頷くことしかできなかった。
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