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第11話
「なんだ、仲直りしちゃったんだ」
一限目の途中から授業に参加し、その次の休み時間に伊吹に事情を説明したらそう漏らされた。
「巻き込んだ感じになってごめんな」
「しっかりマーキングまでされちゃって妬けるな」
伸ばされた伊吹の手を律が叩いた。
「ちぃに触るな」
「無視してたくせに今度は彼氏気取り?」
「うるさい。大体おまえが転校して来るのが悪い」
「親の都合だから仕方がないじゃん」
「二人共けっこう気が合うんだな」
「「どこが」」
二人の声が重なって笑ってしまった。
律は睨み、伊吹はヘラヘラと笑いながら会話がヒートアップしている。早口でよくわからなかったが、「おまえとは気が合わない」と言っているようだ。だが千紘から見れば二人はとても似ている。
なんだかんだ馬が合いそうな気がしてきて、これから楽しくやれそうだとほくそ笑んだ。
朝の登校に伊吹が加わるようになるとますます注目されるようになった。
成績優秀でスポーツ万能だけどクールな律。
イケメンで誰にでもやさしい伊吹。
しかもどちらもアルファで歩いているだけできゃあと歓声があがる。
それは仕方がないことだとわかっているが、二人の間に挟まれている千紘に「なにあのチビ」と陰口を叩かれることが増えた。
しかも山下と揉めた話に尾ひれがつき、「横暴なチビ」と認定されてしまい違う意味で一目置かれてしまっている。
今日は家の用事があるらしく律は迎えがあるので一緒には帰れない。だから伊吹と帰ろうとすると律は途端に機嫌を悪くさせた。
「伊吹と帰るの?」
「うん。今日は彼女と約束してないんだって」
「そうそう。お邪魔虫もいないし、千紘と二人で帰ろうかなって」
伊吹に肩を組まれると心臓がぎゅうと苦しくなる。でもそれと同時に罪悪感みたいのが芽生えてきて律の顔がまともに見られない。
(なんだろう、これ)
伊吹に触れられると身体がざわざわする。黒板を爪で引っ搔いたような耳障りな違和感が全身を駆け巡る。途端に心細くなってしまう。
「ちぃに変なことすんなよ」
「変って?」
律は伊吹の手を払いのけ、代わりに千紘の襟足を撫でた。
「そうやってすぐマーキングして余裕なすぎじゃない?」
「うるさい……ちぃ、一緒に帰れないけど伊吹には気をつけてね」
「大丈夫だよ」
律に触れられると違和感は消えていきほっとする。やっとまともに律を見るとどこか悲しそうな悔しそうに笑っていた。
周りの目を気にせず肩に頭を置かれた。律の固い髪が頬に刺さるのに嫌じゃない。
「ちぃのそばを離れたくない」
「なに言ってんだよ。律子さんもう来てるだろ」
「わかってる。でもちぃとの時間が減るのは嫌だな」
「……俺たちいつでも会えるじゃん」
「はいはーい! そこで二人の空気をつくらないの」
律を引き剥がした伊吹に肩を抱かれた。ぞわりと背筋が震える。
「じゃあそういうことで俺らはここで」
「またね、律」
「……うん、明日ね」
律が車に乗り込むのを見送ってから伊吹と歩き出す。なぜか腰を抱かれているので「暑苦しいだろ」と離れると伊吹は両頬を膨らませた。
「別にいいだろ。減るもんじゃないし」
「そういうのは彼女とやれよ」
「女の子は柔らかくていい匂いがするからいいよね」
「悪かったな臭くて硬くて小さい男で」
嫌味を言われているのかと睨みつけると伊吹は目尻を下げて笑った。
「でも千紘はいい匂いするよ。香水つけてる?」
「まさか。柔軟剤の匂いじゃない?」
「ふ~ん」
納得してなさそうな伊吹はすんと鼻を鳴らしながら近づいてくる。白い肌は近くで見ても染み一つない。
「うまく言葉にできないけど、違和感みたいなのあるんだよな……千紘もなにか感じない?」
伊吹の真剣な眼差しに再び胸がざわついた。千紘が伊吹になにかを感じ取ったように伊吹も同じようなことを思っていたらしい。
(小さいとき会ったことがあるとか?)
引っ越す前のことはほとんど憶えていない。両親に訊けばなにかわかるだろうか。
「千紘、訊いてる?」
吐息が触れそうなほどの距離に目を丸くした。瞬きをするたびに睫毛がバサバサと音を立てていそうだ。
ふいと顔を背けて一歩後ろに引く。
「気のせいじゃない? 俺はなにも感じないよ」
「えぇ~そうかな」
非難の声を聞こえないふりをして歩き始めた。
(きっとこれは言葉にしない方がいい)
そんな直感めいたものが心の奥底で叫んでいるような気がした。
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