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第12話

 一学期最後のテストは散々な結果だったが、同じように試験期間中は遊んで過ごしていたはずの伊吹は学年五位以内に食い込んでいる。  不公平だ。  こんな通知表を見せたら母親に叱られるに決まっている。いっそのこと捨ててしまおうかと考えていると伊吹が横から覗いてきた。  「こりゃ酷い」  「見るなよ。スケベ」  「高校どうすんの? 三年間の成績が大事だろ」  「そんなの言われなくたってわかってる」  部活をやっていないので成績が大事だ。いくら真面目に授業を受けていても結果が伴っていなければ意味がない。小学校との大きな差だ。  「お待たせ」  職員室に呼び出されていた律が教室に戻って来た。行くときには持っていなかったクリアファイルを手にしている。  「それなに?」  「……あとで話す」  「じゃあ帰ろぜ」  三人で連れ立って昇降口へ向かうと上級生の女子が待っていた。伊吹を見るとぱっと頬を赤らめている。  「伊吹、遅い。早く帰ろう」  「あれ? 約束してたっけ?」  「そうだよ」  「じゃあわりぃ~またな」  こんな灼熱の暑さのなか、伊吹と上級生は手を繋いで帰ってしまった。その後ろ姿を見送り、律に視線を投げる。  「この前の彼女と違うよな」  「そうだな。いまのは三年のバスケ部のマネージャーだ」  「よくご存じで」  「……それは、まぁ」  大方告白されたことがあるのだろう。  律がモテるのはいまに始まったことではない。けれど律はいつ誰に告白されたということを教えてくれず、こうして気づくことが多い。なんだか秘密にされていて不愉快だ。  一方伊吹はオープンで誰に告白されて付き合ったと逐一報告してくれるが、すぐに変わってしまうので彼女の名前と顔が把握できない。  保って二週間、短くて三日というペースで彼女が変わるので憶えるのを辞めた。  本人曰く来るもの拒まず去るもの追わずらしい。  外を一歩出ると茹だるような熱風に頬を撫でられて汗が吹き出す。暑いなんてレベルは超え、蒸し器に入れられた野菜の気分だ。  こんな暑い中に長時間いたら人間も柔らかくふやけてしまうのだろうか。  「ちぃ、汗すごい」  毛穴という毛穴から汗を流している自分とは反対に律は涼しい顔をしている。  「外歩くなんて登下校のときしかしないからな。身体が慣れてないのかも」  「少し休む?」  「いい。さっさと帰ってアイス食う」  「走ると汗かくから日陰をゆっくり歩こうか」  そう提案をしてくれてさり気なく日除けになるように立ってくれる律はやさしい。背も高いから十分役に立ってくれている。  「そういえばさっきのファイルなに?」  「あ~あれか」  「伊吹には聞かれたくなさそうだったから追求しなかったけど」  「うん。ちゃんと話すよ」  律は細い顎に指をかけて言葉を探しているようだ。もしかして嫌な話だろうかと緊張が走る。  「……アメリカに留学することにしたんだ」  「え、それって」  もう二度と会えなくなってしまうのだろうか。千紘の不安をよそに律は目を細めた。  「夏休みの間だけ。長くて三週間くらいだからすぐ帰ってくるよ」  「なんだてっきり」  「もう会えなくなるかと思った?」  素直に頷くと律は顔を綻ばせて、うなじを撫でてきた。汗で濡れていて汚いのに律は気にした様子はない。  「母親が留学しろってうるさいんだよね。英語は現地が一番だって」  「確かにあんな授業じゃな」  英文を書いて読んでいるだけでは身につかない。ただ勉強の一環としてやらされているだけで会話がしたいとなると難しいだろう。  「寂しいけど頑張って来るよ」  「じゃあその間、伊吹と遊んでもらう」  「それはダメ」  「なんでだよ」  そう突っ込むと律は唇を尖らせた。うなじに触れていた手がするりと移動し鎖骨を撫でられ、くすぐったい。  顔をあげると黒い瞳が間近に迫る。自分の情けない顔が反射していて、こう見ると俺って結構不細工だなと明後日の方向のことを考えていた。  「毎日メッセージ送る。時差があるけど電話もする。だから伊吹とはほどほどにして」  「わかったよ。てか俺は夏休みの間は主婦にならなきゃいけないから、そんなに遊べないと思うし」  「今朝千香子さんが話してたやつ?」  「そうそう」  母方の祖母がぎっくり腰になってしまい寝たきりな状態らしい。祖父は早くに他界しており、一人暮らしのため母親がしばらく祖母の家に行くとことになった。  朝食のときに話していたのを聞いていたのだろう。  「そのことなんだけど、明日から留学するまで塾も他の習い事も全部休みにしてもらったんだ。だからちぃの家、行ってもいい?」  「え、まじ? 助かるよ!」  主婦をやると言ってもいままで掃除洗濯料理なんてしたことがない。それに仕事人間の父親に期待はできず、毎日惣菜生活かと辟易していたのだ。  「そんな期待されても困るな」  「でも律、調理実習で作った親子丼めちゃくちゃ美味しかったじゃん。また作ってよ」  「もしかして俺に全部やらせる気?」  「……できるだけ努力するよ」  「しょうがないな」  「よし、じゃあ早く帰ろう」  「走ったら倒れるよ」  強い日差しを背中に受けながら家へと急いだ。

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