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第13話
家に来る前に律は自宅に寄り、私服に着替えてきた。律儀にインターホンを鳴らすのが可笑しい。
「俺しかいないんだから勝手に入れよ」
「そういうわけにはいかないだろ。防犯意識大事でしょ」
「はいはい。てか荷物そんだけ?」
「一応夏休みの宿題持ってきたよ」
「てっきり留学行くまで泊まるのかと」
そういえば泊まってってとは一言も言っていなかった。一人で勘違いしてしまって恥ずかしい。
顔を俯かせると律は笑った。
「よかった。俺の勘違いじゃなかった」
「どういうこと?」
「泊まっていいのかはっきり訊かなかったから、もし間違ってたら恥ずかしいなと思って。待ってて、すぐ取ってくる」
ものの数秒でボストンバッグを下げて律が戻って来た。
「実は泊まる準備してた」
「よかった」
こういうのが阿吽の呼吸というのだろうか。言葉にしていなくても伝わっていたようで嬉しい。
「じゃあさっそくゲームしようぜ」
「課題が先」
「そんなの後でいいじゃん」
「留学行く前に終わらせたいから付き合ってよ」
「そんな~」
勉強モードに付き合わされ、初日はみっちりと課題と向き合い夕飯はリクエスト通り親子丼を作ってくれた。
風呂に入りベッドで寝転んでいるとドライヤーを片手に律が部屋に入って来る。
「ちゃんと乾かしなよ」
「夏場のドライヤーは暑くて嫌い」
「冬でもやらないだろ」
「だって面倒だし」
「やってあげるから背中向けて」
「はいはい」
律がベッドに腰掛けてるので床に座る。熱風と冷風が交互にきて、暑くもなく快適に髪を乾かしてもらえた。
「はい、終わり。髪だいぶ伸びたね」
「美容院苦手だからな」
襟足まで伸びてしまった毛先をくるりと弄んだ。知らない人に髪を触られるのが苦手で、美容院行くのに毎回かなり勇気がいる。
「いっそこのまま伸ばそうかな。どうせ夏休みだし」
校則では男は襟足に切り揃えると決まっているがあと一ヶ月以上は学校に行かないから守る義務もない。
「俺が切ろうか?」
「できるの?」
「やったことないけどできる気がする」
「なにその自信」
腹を抱えて笑ってしまった。そんな根拠のない自信どこからくるんだよ。
「じゃあアメリカから戻って来たら切ってよ」
「いいの? うっとおしくない?」
「うん、約束だからな」
小指を差し出すと律は長い指を絡ませてくれた。きれいな桜貝みたいな爪をぼんやりと見つめていると律は首を傾げる。
「なに?」
「律の手って大きいな」
「そう?」
子どもの頃は小さかった手がいまは自分より一回りは大きい。日々、立派に成長していく幼馴染を前に自分はなにも成し遂げられていないことに不安になった。
「律はどんどん将来のために動いているのに俺はなにも成長してない」
ふとどんな大人になるのだろうかと漠然とした不安が膨らむ。
高校、大学と進学してどこか普通の会社に就職してーーそしていずれは結婚するのだろうか。
自分の隣に律以外の誰がいるのが想像できない。初恋すらまだなのに結婚はハードルが高すぎて下から潜ってしまうくらい現実味がなかった。
「とりあえず明日のことを考えたら?」
「明日ねぇ」
「祭りあるじゃん。課題やって昼飯食ったら行こうよ」
「それもいいな」
「遠い未来を想像したって不安になるだけなんだから、できることを一つずつ達成すればいいんだよ。俺はずっとそうしてる」
律の言葉は不安な自分の心を包みこんでくれる。急にセンチメンタルになった幼馴染に嫌な顔しないで励ましてくれた。
(律がずっと一緒にいてくれたらいいのに)
そんなことをぼんやり考えながら、その夜は早めに眠った。
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