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第14話

 昼食と課題を済ませて神社へ向かった。昼過ぎでも人は多く、じりじりと焼ける太陽の日差しが憎い。  汗は滝のように流れてきて、Tシャツをぐっしょりと濡らしている。  「ちぃ、大丈夫?」  「暑い」  「そうだね」  さり気なく手を取られどきりとする。律の手は冷たくて気持ちいい。  去年はぐれたことをまだ気にしているのだろうか。  「クラスメイトに見られたらどうやって言い訳するんだよ」  繋がったままの手を掲げて見せる。  「別にどうもしないよ」  「からかわれたら?」  「無視すればいい」  「そんなことできるかよ」  「ちぃは意外と気にしいだな」  そりゃ同性同士で手を繋いでいたら気にするだろ。でも離そうかと言われなくて安心してしまい、抑えつけてきた胸がとくんと鳴った。  「あれ伊吹かな?」  律が指さす反対側の通路に伊吹と彼女と思しき女性がいる。顔を寄せ合って仲睦まじく話しているが終業式で見たバスケ部のマネージャーの先輩ではない。  「また彼女違うよな」  「そうだな」  「声かける?」  「別にいいだろ」  歩き出す律に手を引っ張られてしまう。  視線を感じて振り返ると伊吹と目が合った。  亜麻色の瞳が色をなくし、まるで人形のように生気が感じられない。  軽蔑されるならわかる。でもあのなにを考えているかわからない目は伊吹の裏の顔を覗いてしまったような気味の悪さがあった。  「どうかした?」  「……なんでもない」  「疲れた? なんか買って帰ろうか」  「たこ焼きとお好み焼きとイカ焼きとかき氷食べたい」  「結構食べるね」  もう一度振り返ると伊吹の姿は見えなくなっていた。  二人では抱えきれないほどの食べ物を買ってテーブルの上に並べるとかなり豪華な食卓になる。かき氷は溶けてしまうので帰りがけに食べてしまった。  「やっぱ夏といえばこれだよな」  「だよね」  「いただきます!」  熱々の焼きそばを頬張るとソースの味が染みていて美味しい。野菜の入っていない青のりがたくさんかけられた焼きそばは祭りならではという雰囲気だ。  「こういうジャンクなものって美味しいんだね」  育ちのいい律はいつもお手伝いさんが作ってくれる栄養豊富な料理を食べている。  だから生まれて初めてのジャンク祭りに律のテンションは高い。  「でも律の奥さんになる人は大変だよな。舌が肥えてるから下手もの食わせられねぇじゃん。俺だったら毎日カップラーメンよ」  「……毎日カップラーメンでもいいけど」  「それじゃ身体壊すだろ」  律の将来は無限の可能性がある。  運動神経がいいからスポーツ選手にでもなれそうだ。  頭もいいから医者や弁護士。もしかしたら政治家にもなって国の中心に立つこともできるかもしれない。  そしてアルファ信仰の高い両親のお膳立てでアルファの女性と結婚して  と想像するとあれほど美味しかった焼きそばの味が消えていく。  親友の立場から見ても律は魅力的な男だ。  けれど誰かと付き合っている様子がない。  中学生ともなれば性に興味が出てくる年ごろだし、女の子と付き合って甘酸っぱい青春を謳歌したいと思うのは普通だろう。  (もしかして俺がべったりだから律に恋人ができないのか?)  そう思うとしっくりくる。  登下校もクラスも一緒でほとんどの休み時間も隣にいた。  これでは彼女の入る隙間がない。  今頃になって親友の恋路を邪魔していたのではないかと気づいた。  「なぁ律って彼女作らないの?」  「……彼女?」  「いつも告白されるじゃん」  「興味ない」  「じゃあ好きな人はいる?」  そう訊くと律の耳が少し赤くなった。  その反応はいる。  なぜか喉がきゅうと苦しい。  でも親友としてとの意地が出てきて、さらに律に詰めかけた。  「誰? 俺の知ってる人?」  「どうでもいいだろそんなの」  「だって気になるじゃん。背は高い? 低い?」  まつ毛の生え際までわかりそうなほど近づくと観念したのか律は小さく息を吐いた。  「……背は低い」  「髪は長い?」  「ちょっと長い、かな」  「背が低くて髪が長い女子なんていっぱいいるなぁ」  クラスメイトの顔を思い浮かべてざっと候補は五人いる。そのなかで律に告白していない人を除外しても三人残る。   「誰だ? 全然わかんねぇ」  「ちぃはいないの?」  「俺?」  「俺ばかりだとフェアじゃないだろ」  「フェアとかそういうの?」  「いるの?」  間近に迫る顔に主張するように心臓が跳ねる。鼻の先が熱くなってきて、目線をテーブルに落とした。  好きな人と言われてなぜか律の顔が浮かんだ。いつも一緒にいるせいだからだろうか。恋愛よりいまは律と一緒にいる方が何倍も楽しい。  (でも律には好きな人がいる)  その事実がパイ投げのように顔面に叩きつけられる。  こんなにも一緒にいたのに鈍感な自分を殴りたい。  「……いない」  「その反応はいるな」  「いないってば!」  「大声を出すのも怪しい」  じりじりとにじり寄る黒い瞳が見られない。心臓が忙しなく動き、落ち着かなくさせる。  居ても立っても居られず立ち上がった。  「知らない!」  逃げようと足を踏み出すとテーブルに躓いてしまいフローリングに顔からぶつけた。  「いって」  「大丈夫!?」  ノーガードで鼻を打ったのでヒリヒリする。  「鼻折れてない?」  「よくみせて……大丈夫そう。あ、でも鼻血が」  鼻からだらりと垂れる感触があり、慌てて手で押さても淀みなく出てくる。  「律、ティッシュ取って……律?」  律の真剣な顔が近づいてきて背くより先に鼻を舐められた。ねっとりとした感触に肌を嬲られ、ぞくぞくとしたものが背筋を駆け抜ける。  律の目は虚ろでどこを見ているのかわからない。もう一度名前を呼ぶと両目に光が戻った。  「……ごめん、ティッシュね」  「あんがと」  ティッシュを受け取り鼻に詰めていると律が手の甲で口を拭っている。  どうして血を舐めたのか訊けないまま、その日はモヤモヤとしたまま過ごした。

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