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第18話

 土壇場の追い込みどうにか志望校に合格できた。  律とは同じ高校だが、アルファは強制的に特待生扱いになるのでクラスや棟が別になる。  小学校からずっと同じクラスだったので律と離れるのは初めてで不安だ。  入学式後の教室はそここでグループができていくなか、あぶれているのは千紘と同じ小学校だった三吉だけだ。  三吉は中学からネックガードを隠すようにタートルネックのインナーを着ている。それが余計に目立ってしまい「あの子、オメガなんでしょ」と噂され孤立していた。  そうしてスタートした高校生活は穏やかに過ぎていき秋がきた。  来週には体育祭があり学校全体が高揚感に包まれている。行事に気合いが入る生徒が多く、昼休みに校庭に出てはリレーのバトン練習や走り込みをして校庭が賑わっていた。  教室で一人の昼食を満喫していると廊下が騒がしい。来たかと思い入口を見るとドア枠を屈みながら律が入ってきた。  「ちぃ、お待たせ」  「……別に待ってないけど」  ぶっきらぼうに返しながらカレーパンを咀嚼する。律はふわりと笑ってから持ってきた弁当箱を広げた。  律は昼休みのたびに普通科の教室に足を運び昼食を共にしている。が、これが目立ち過ぎて居たたまれない。  相変わらずのモテ街道まっしぐらの律を追いかけてここを受験した女子が多いと聞く。  「私たちも一緒に食べていいかな?」  クラスメイトの女子三人組が弁当袋を掲げ律に笑顔を向けている。その後ろでは抜け駆けずるい! と非難の声があがっているが、三人組はどこ吹く風だ。  「いいよ。じゃあ机移動して  」  「俺もう終わったからじゃあな」  袋をゴミ箱に捨て逃げるように教室を出た。  中学までの律は女子に誘われても見向きもしなかったのに、高校になってから誘われても断らなくなった。  どんな心境の変化があったかわからないが、こういうとき不安になる。  男同士のアルファとベータのカップルなんて未来がない。オメガだったら番になれるのに、とそればかり考えてしまう。  扉の小窓から覗くと三人組だけでなく他クラスの女子まで集まりだし、律を囲っている。律の笑顔に奥歯を噛んだ。  目的もなくぷらぷら歩いていると頭が痛くなってきた。内側から金槌で殴られたような痛みに足を止める。  「最近、多いな」  昨年から頻発する頭痛に悩まされていた。受験のストレスだろうと決めつけ、少し休めば落ち着くので病院にも行っていない。  (でも今日はいつもより痛む気がする)  中庭のベンチに座り、痛みが引くのを待った。ここだと校庭の声は届かないので静かだ。  「好きです。付き合ってください」  突然の声に驚いて振り向くとベンチの後ろの旧校舎の教室から聞こえた。身を屈めて覗くとクラスメイトの女子と律が二人でいる。  「ごめん。俺、付き合ってる人いるから」  「恋人がいるのって本当だったんだ。でもその人とは番じゃないんでしょ?」  女は頬を赤らめて律ににじり寄る。  「じゃあ私にもチャンスあるってことだよね」  「ない。絶対に別れるつもりはない」  「いつか瀬名川くんの運命の番に会っても同じこと言えるの?」  運命の番、という言葉に目を丸くした。  律に運命の番が現れるかもしれない。そんな漠然とした不安は常にあった。ベータで男の自分では恋人にはなれても家族になることはできない。  それに律は運命の番に憧れている。出会う確率は低いと聞くが決して会えないわけではない。  もし律の前に運命の番が現れたら自分の存在が邪魔になる。そして律を苦しめることになるだろう。  (頭痛の原因はこれだろうな)  律との間には超えられない境界線がある。けれどベータでも女だったら簡単に飛び越えられるのだ。  「俺は邪魔になるのかな」  頭の痛みを増してきた。ここにいても気分が良くなるどころか悪化していきそうだ。  二人に気づかれないようにゆっくりとその場を後にした。  保健室の扉を開けると三吉が養護教諭の先生と話していてたが、ぱっと会話を止めてしまった。どうやらここでも邪魔してしまったらしい。気まずそうに俯く三吉に気づかないふりをした。  「頭痛くて休みたいんですけど」  「いいわよ。でも一応熱測ってくれる?」  「はい」  体温計を脇に挟み、椅子に座っていると長い前髪の隙間から三吉の鋭い眼光を向けられた。  「なに?」  「……別に」  三吉とは小六のとき以来、久しぶりに同じクラスになった。独り者同士特有のシンパシーを感じてはいたが、お互い仲良くするつもりはなく話したこともない。  ピピっと体温計が鳴り「三十七度」と表示された。  「微熱ね。寝てていいわよ」  「ありがとうございます」  窓際のベッドに潜るとほっと息を吐いた。痛みはじくじくと広がり、眼球の裏にまで響いている。  (痛み止めもらえばよかった)  でも今更起き上がるのも面倒だ。痛みに耐えていると仕切りのカーテンを開けられ三吉に顔を覗き込まれた。  「……なに?」  「柳くんってベータよね」  「そうだけど」  腑に落ちないような表情の三吉に気になるが頭が痛すぎて目を開けているのも辛い。  「じゃあ気のせいかも。これ痛み止め。よかったら」  「ありがと」  気のせいってなんのことだろうか。まぁどうでもいいや。  錠剤をそのまま飲み込んで再び横になる。三吉はカーテンを閉めてなにも言わずに出て行った。  (なんだったんだ、あいつ)  小学校が一緒でも三吉と話したことなんて数えるほどしかない。どんな性格かはよく知らないが、第二次性の検査結果が出るまでは友だちが多く輪の中心にいたような気がする。  それがオメガ判定されて、アルファの山下にからかわれて泣いていた。それにムカついて突っかかったなぁと思うと自分の幼さに笑えてくる。  昔のことを思い出していると薬が効いてきたのかうつらうつらしてきて、そのまま意識を手放した。

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