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第19話
頬を撫でられる感触に沈んでいた意識が浮上する。橙色の夕陽を背にし、逆光で表情は見えないけどシルエットだけで律だとわかった。
「いま何時?」
「もう放課後だよ」
「……寝過ぎた」
「熱はなさそうだね」
額に触れてくれる律の手が冷たくて気持ちいい。
「帰れそう?」
「大丈夫」
「保健室にいるって聞いてビックリした。そういうときは連絡してよ」
「悪い。忘れてた」
ベッドから起き上がると律が千紘のスクールバッグを肩にかけていた。
「荷物も持ってきた」
「あんがと」
受け取ろうと手を伸ばすが律は首を振る。
「俺が持つ」
「いいよ。もう元気だし」
「恋人なんだから甘えて」
恋人という響きに俯く。
律は「運命の番」を求めている。ベータな自分では天地がひっくり返ってもなりえない赤い糸で結ばれた二人。
うなじを撫でてももう律の歯型はない。二年前に噛まれた皮膚はきれいさっぱり跡形もなく再生してしまった。
運命ではないと言われている気分だ。
「律は運命の番に会ったらどうする?」
「どうしたの、急に」
「いいから答えろよ」
「もしかして昼間の訊いてた?」
ぎっと睨みつけるが律は目尻を下げた。千紘の反応が面白いのか、軽い調子に苛立ちがどんどん膨れてくる。
「運命の番なんてどれくらいの確率で会えると思ってるの。そんなのいないも同然だよ」
「でもいまこの瞬間、どこかで生きてるんだよ? 会いたくならねぇの」
「ならない」
もう外は暗く群青色に変わろうとしているのにまるで太陽を前にしたように律は眩しそうに目を細めた。
「俺の運命はちぃだよ。ちぃ以外なんて考えられない」
「でも」
怖いんだ、とは言えなかった。
いつか律が運命の番と会ったとき、自分は邪魔になる。
そうなったら別れると決めている。でも一方で一生出会わなければいいのにと思っている自分もいて、コインの裏表のようにちぐはぐな想いがあった。
律の手が伸びてきてうなじに触れられた。きっとまた性懲りもなくマーキングをしているのだろう。
そのまま顔を寄せてきたのでぎゅっと目を瞑り、触れるだけのキスをした。
もう何回もしているのにいまだに肩肘張って緊張してしまう。詰めていた息を吐くと律は口角をあげた。
「俺も運命の番に会ったら怖いよ。ちぃが好きって気持ちが本能に抑えられてなかったことにされるかもしれない。そんなの嫌だ」
「……律」
「もう高校生になったし、もっと先に進んだほうがちぃも安心できるかな」
「どっか遠くに出かける?」
「そうじゃなくて」
いつの間にか律の手に尻を掴まれ、びくりと身体を跳ねる。あまりの生々しい手つきに全身の細胞が膨れ上がりそうだ。
「ちぃと一つになりたい」
切実さが籠った声に心臓が大きく跳ねる。
「たぶん、痛いよ。すごく痛くてちぃは泣いちゃうかもしれない」
「……女だって初めては痛いって言うだろ」
「いいの?」
小さく頷くと頬にキスをされた。ちゅっと可愛らしい音を立ててすぐに離れていく。
「じゃあ今週の土曜日うちに来て」
「親は?」
「出張」
「やる気満々じゃん」
そう揶揄うと律も笑って、胸にわだかまっていたものが少しだけ流れ落ちていく気がした。
ほんの数歩歩いただけで雨風に打ちつけられて全身がびしょびしょだ。
インターホンを押すと律がバスタオルを広げてスタンバイしていた。柔らかいタオルに包んでくれ、鼻先がじんわりと熱い。
「身体冷たいね。風呂、入る?」
「いや、いい」
「もしかして入って来てくれた? 甘い匂いする」
「ここで盛るな」
頭の匂いを嗅がれ、反射的に後ろに仰け反ると律は口元を綻ばせた。
「部屋どうぞ」
「……お邪魔します」
誰もいないのにそう言ってしまうのは少なからず後ろめたさがあるからだろう。
律の部屋は相変わらず最低限のものしか置いていない。
(そういえばシャツまだ返していない)
律が泊まりに来て忘れたシャツをおかずにしてしまった後ろめたさから返すタイミングがないまま数年が経過している。あれから何度も世話になっているとは口が裂けても言えない。
「温かいココアでも作ろうか」
「いや、いい」
「じゃあキスしてもいいですか」
やっぱりココアで、と言いそうになったが律の表情は揶揄っている様子はない。いたく真面目な表情でそれだけ求めてくれているのが伝わってくる。
「……どうぞ」
顔が近づいてきて目を閉じた。触れるだけの唇はすぐに離れ、角度を変えて舌でぺろりと舐められた。
舌で唇をノックされ、恐る恐る開けると分厚い舌が遠慮なく入ってくる。歯列を丁寧になぞられ、舌の根元を吸われるとじゅるっといやらしい水音に息が詰まった。
律の唇は柔らかくて甘い。唾を飲み込むたびに羞恥心が薄れていき、夢中になって舌を絡ませた。
体重を徐々にかけられ後ろに倒れるとベッドのスプリングが悲鳴をあげた。
「気持ちいい?」
「んぅ」
とろけるような律の表情に腹の底がずんと重たくなる。下半身が疼きだし腰を引くと追いかけるように身体を押しつけられた。
「だめ……そこ」
「可愛い。キスだけで勃ってる」
耳元で囁かれる甘い声音に肩が跳ねた。ずるずると律の頭が下がり、ズボンに手をかけられた。
「舐めていい?」
「だ、だめ! 汚いから」
「風呂入って来てくれたんでしょ」
「そうだけど」
身体の隅々まで時間をかけて洗ったけれどそういうことじゃない。男の性器なんて気持ち悪いだけだろう。
「律はそんなことしなくていい。俺がするから」
「したい」
「でも……あっ!」
抵抗するのを嘲笑うかのように下着こど脱がされて天を仰ぐ性器を舐められた。初めての粘膜の感触にぶるりと下肢が震える。
律の腔内が熱い。腰がびくびくと震え、素直な性器はぐんと硬さを増す。
吸われたり甘嚙みされて、まるで気持ちいい加減を知っているような口淫に余裕がなくなってくる。
「律ぅ……」
律の頭に指を差し込むと汗でしっとりと濡れていた。顔をあげた律の頬は熟したりんごのように赤く、その艶やかな表情に心拍数があがる。
「痛い?」
「気持ちよくて腰溶けそう」
「そのまま出しちゃっていいからね」
「それはやっーーんっ!」
再び咥えられて腰が揺れる。快楽のゲージが急上昇し始めて限界を突破してしまいそうた。
「律……だめ、もうで……る、んん」
じゅっと強く吸われ、耐えきれず熱が爆ぜた。精液を飲み干され、律は口の端についた白濁を長い舌で舐めとった。
「信じられない……莫迦」
「だって俺がしたかったし。気持ちよかった?」
腰が蕩けるほどよかった。でも気が引ける部分もあり曖昧に頷く。
「ちぃは気持ちよくなることだけ考えて」
シャツを脱がされると今度は胸に吸いつかれた。赤い突起の輪郭を舌で舐められ、時折噛まれるとむず痒さのなかに確かな快楽が混じり始める。
「んん……あっ、」
乳首を強めに噛まれ身体が震えた。
丁寧に愛撫されると思い知る男という身体。膨らみのない胸にぶら下がっているペニス。満足に律を迎えてあげられない蕾。
「触るよ」
双丘を撫でられて首を縦に振った。
蕾の回りにローションを塗りつけられ、律の指が挿入ってくる。入口部分を撫でられただけなのに引き攣るように痛い。
四肢を縮こませていると律は空いた手で性器を扱いてくれた。
「やっ……ぁあ、」
「ゆっくり息吐いて。力いれないようにね」
「はぁ、はっ……ふぅ」
何度も息を吐いて力を抜こうにも指の異物感に強張ってしまう。でもやっぱやめよう、と言われるのが嫌で深呼吸を繰り返した。
「痛い?」
「へ、平気だから続けて」
涙がこぼれてきて頬を舐められた。性器の刺激と尻の異物感で気持ちいいやら苦しいやらでいっぱいいっぱいだ。
「指、一本入ったよ」
ぐるりと肉壁を押されて、下肢がぴくりと跳ねた。痛みがじわじわと広がってくる。
「無理してない?」
「いいから、指増やして」
「でもちぃ辛そうだ」
「大丈夫だから」
そう言うと指が増やされた。みちみちと内側を無理やり広げられる引き攣るような痛みに息を飲む。痛くて苦しくて涙が止まらない。
そして現実を知る。
(やっぱりベータの男じゃ律を受け入れられないんだ)
このままじゃいつまで経っても律を気持ちよくさせてあげられない。
ふっと痛みの波が止み、目を開けると律の指が抜かれていた。
「なんで」
「無理しなくていいよ」
「大丈夫だから」
首を振る律に愕然とした。
女だったら、運命だったらと続く叶わない現実が津波のように押し寄せてきて思考ごと流される。
「俺は律のこと満足させられないんだね」
男でもオメガだったら違ったのだろう。性器を受け入れる部分が女のように柔らかく包み込むに違いない。
泣くばかりの千紘を律は背中を擦って宥めてくれる。
「なんてこと考えてんだよ」
「律のこと気持ちよくしてあげたいのに」
「ちぃが俺の手や舌で気持ちよさそうにしてくれるだけで充分だよ」
「それじゃ嫌なんだ」
心も身体も全部繋がりたい。律が運命に会う前に早く自分のものにしてしまいたい。
そう漏らすと律の表情は固まった。
「……怒るよ?」
怒気を含ませた声音に肩が跳ねる。顔は笑っているのにその下には沸点を超えた怒りを感じる。
「だって俺はなんの取り柄もない普通のベータだ。律の隣にいていいのか不安になるんだよ」
「だから毎回昼食のとき逃げるのか」
こくんと頷くと律は溜息を吐いて肩口に頭を置かれた。
「ちぃのクラスメイトだから適当に愛想よくしてるだけ。俺が見てないところでちぃが虐められたら嫌だし」
「そうなの?」
「俺は最初からちぃだけなんだよ」
首筋にキスをされ、昔噛まれたうなじが熱を持つ。もう歯型も残っていないのに確かに噛まれたことを細胞が覚えて、歓喜している。
「じゃあ二人一緒に気持ちいいことしよう」
顔が近づいてきて青臭いキスをした。二人の性器をひとまとめにして握らされる。芯を持った律の性器は熱を帯びていた。
「そのまましっかり握っててね」
ローションを上から垂れさせ、冷たさに怯むと律が腰を前後に動かした。
動きに合わせて性器が擦れ、口とは違う新たな快感に性器も硬くなり始めた。
「んんっ、あ!」
「気持ちいい?」
こくこく頷くと律は白い歯を覗かせて腰の動きを早くさせた。
限界がすぐにやってきて先走りが手を伝う。
「だめ……イく、んぁっ」
「俺も。一緒にイこうか」
ぐんと硬さを増し、二人同時に果てた。熱い飛沫が腹にかかり、その感触にすら興奮する。
「なんかすごいやばかった」
「ね、挿れてるみたいだった。もっとしてもいい?」
甘えるように上目遣いされるとまた腹の底が疼き出す。小さく頷くと律は破顔して再び性器に手を伸ばした。
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