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第21話
オメガになったなら律と番になれる、なんて夢を見ていた。
だが実際は運命ではないと残酷な現実で殴られるだけだった。
よくよく考えてみたらヒートで一週間も律の時間を奪ってしまい、番になったら一生離れられない。一度番になったら解消することもできず、アルファにばかりデメリットが多く感じてしまう。
番になれる権利はあるのに資格はない。ベータでいたころよりもずっと辛い世界に放り込まれてしまい、胸が押しつぶされるように苦しい。律の顔を見るのも辛く、少しずつ一緒に過ごす時間を減らしている。
昼食を一緒に取ることも放課後帰ることも避け、試験勉強の誘いも断った。
でも結果は散々だった。赤点を超えられなかった教科がいくつかあり、再テストを受けるはめになってしまった。
進級できなくては困るので放課後は図書室で自習した。
周りの視線がない分、集中できるーーと思っていたが考えが甘かったらしい。
「ねぇあの人って」
「オメガに変異したって子だよね?」
「男のオメガって珍しい」
部屋が静かな分、図書委員の声は良くも悪くも聞こえてしまう。やはり自分のことは知られているようだ。
オメガの男はただてさえ珍しいのにベータから変異したとなれば余計注目される。下世話な暴言はいまのところされていないが、これからどうなるかわからない。
「なにやってんの?」
ノートに影が入り顔をあげると三吉が目の前の席に座っていた。いつのまに図書室に来たのだろうか。
「再テストの勉強」
「ふ~ん。ここ間違ってるよ」
指摘された箇所をよくよく見直すと確かに単純な計算ができていない。
「おまえ、勉強できんだな」
「これくらい普通でしょ」
「まじか」
自分の頭の悪さを呪う。受験のときは必死こいてやったのに入学した途端やる気が燃え尽きてしまい、本来の怠惰な性格が顔を出してしまっていた。
「瀬名川くんに教えてもらえばいいじゃん」
「律には迷惑かけられない」
「ふーん。番なのに気を使うんだ」
「番、じゃない」
「付き合ってるのに?」
信じられないものを見るような目で見下ろされた。
「付き合ってる=番とは限らないだろ」
「普通そうでしょ」
呆れた顔をした三吉は千紘のペンケースから勝手にシャープペンを取って、指先でくるくる回し始めた。丁寧に塗られた水色の爪を眺めているとその奥にあるネックガードが目に入る。
いつのまにか三吉はタートルネックを着るのをやめていた。
「でもさっさと番になってもらった方が身のためだよ」
「そう簡単にはいかねぇの」
「なんで?」
「てかおまえなんで、なんでって多いな。なんでおまえに説明しなきゃいけねぇの?」
「別に。暇だし」
ノートのすみっこに落書きをし始めた三吉に頭が痛い。言葉のキャッチボールが嚙み合わず、時折変な方向に投げられている気分だ。
三吉は構わず真剣な表情で絵を描いているがあまりにも独創的でなにを描いているのかわからない。
「なにそれ」
「猫だけど」
「へったくそー。豚じゃん。特に鼻」
「うっさいわね。あんたにこの芸術のよさがわからないだけよ」
「芸術ねぇ」
垂れ耳のつもりなのか歪な形で下がっているし、目つきも悪い。なぜか鼻は大きくどうみても猫には見えなかった。
揶揄うと三吉が頬を僅かに赤らめる。
「もう知らない。せっかく勉強教えてあげようと思ったのに」
「それはお願いしたいです。どうか見捨てないでください、三吉様」
「なにその急な変わり身」
「再テストで平均点取らないと進級できないんだよ」
拝んでみせると三吉は腕を組んで背中を仰け反らせた。
「うむ。苦しゅうない。毎日菓子を献上しろ」
「わかりました」
頭を下げると三吉は笑った。初めて見る笑顔に釘づけになった。そういえば小学生のときはよく笑う子だったと思い出した。
「三吉っていい奴だな」
「なによ、急に」
「別に。思っただけのこと言っただけ」
「……あっそ」
そう言いながらも図書室の閉館時間まで勉強に付き合ってくれた。
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